第32話 王子は吸血鬼に気に入られた

 アイビーの話が本当なら、今回の彼らの目的は比較的平和なもののようだ。

 それなら、一体で町を消し飛ばすような厄介なものを下手に刺激しないほうがいいか、とノクスは結論を出した。


「人間の町に害がないなら見逃してやってもいい。その代わり、会議が終わったら、手に入れた情報を共有してくれないか」

「う? 何故じゃ?」


 アイビーはこてんと首を傾げる。本当に、普通に話しているだけならただの可愛らしい少女だ。


「魔王の復活が、人間にとってどんな脅威になるかわからないだろ。対策なんか無意味かもしれないけど、知らないよりはマシだ」


 それに、魔王のことがわかれば、魔王の残滓だという忌み子の呪いに関しても何かつかめるかもしれない。

 すると、アイビーは何かを値踏みするようにじっとノクスを見上げた。そして、


「なら、おぬしも会議に来ればよい!」


 にかっと笑った。


「はあ?」

「わらわは難しいことはわからぬ。興味のないことを覚えておくのも苦手じゃ。おぬしとの約束は守れぬ。ならばわらわに共として付いてきて、勝手に情報を集めればよかろう」

「約束って……」


 律儀に約束を守る魔物のほうが少ないのではとノクスは思ったが、アイビーは続ける。


「魔物にとって、約束は重要じゃ! わらわの頼みをおぬしが聞いてくれるのなら、おぬしの頼みも聞かねばならぬ」


 それは人間社会では契約と呼ばれる。

 アイビーの目は真剣だった。ノクスはしばし考え、


「……わかった。自分の目で確かめられるなら、それに越したことはないしな」


 アイビーの提案に頷いた。


「……本気ですか?」


 思わずナーナは聞き返していた。

 いくらノクスが強いと言っても、魔物の会議に潜入するとなれば、知能を持った上位種ばかり集まる中に突っ込むことになる。――もちろん、足手まといにしかならないナーナは付いていけない。ノクスはナーナを危険にさらすくらいなら、ナーナの機嫌を損ねてでも阻止するだろうということは、彼女自身わかっていた。


「案ずるな娘! 会議中の戦闘は禁じられておる」


 ナーナの懸念を察してか、アイビーは明るく言った。


「それにこやつの見た目と魔力なら、人間とバレることもあるまいよ。バレたらバレたで、面白そうじゃが」


 にやりと細める瞳は赤く、ノクスの目の色とよく似ていた。


「まったく、同胞のようなツラをしよって。さっきの風の魔法といい、矢に纏った強化魔法といい、ろくでもない威力じゃ。おぬし本当に人間か?」

「一応そのつもりだよ」


 ノクスはため息をついた。いっそのこと、魔物として生まれたほうが良かったかもしれない。家柄も外見も呪いも関係ない、強さと契約で成立する世界。話を聞く限り、よほど暮らしやすそうな気さえしてくる。


「どうじゃ? いっぺん本気で戦ってみんか? もしもおぬしが勝てたら、従魔になってやってもよい」


 赤い目をギラギラと光らせるアイビー。こういう所はやはり魔物だ。


「やめとくよ。吸血鬼に本気を出されたら、この山が平らになる」


 吸血鬼の強さに関しては、町どころか、小国が一夜にして滅びたという伝説もある。


「そうか。面白そうだと思ったんじゃが」


 アイビーは行動基準の全てが「面白そうかどうか」でできているらしい。やはり下手に刺激しないほうが得策だった。


「ところで、会議っていつなんだ? さすがに空は飛べないから、間に合わないかもしれないぞ」


 ノクスは話を戻した。


「ひと月後じゃ。ぬしらの足でも十分間に合う」


 サースロッソには、あと一週間ほどで着けるはずだった。やはりアイビーの言う南とは、サースロッソ周辺のことらしい。


「じゃあアンタは、そんなに早々と何をしに行くつもりなんだ」


 野放しにしていたら、当事者に自覚のない被害が増えそうだ。監視したほうがいいだろうかと考えたが、


「せっかく遠路はるばる南に行くのじゃぞ? 遊ぶに決まっておろう」

「……」


 随分と楽観的な魔物だった。遊びの内容を聞くべきかとも思ったが、ろくでもないことは確かだ。


「よし、これで交渉成立じゃな? ぬしらはそこの人間の町に泊まるのじゃろ? 明日の朝、南に向かう道の、結界がなくなった辺りで落ち合うぞ。よいな!」

「先に行かないのか。俺たちと一緒だと、着くのが遅くなるぞ」

「構わぬ、着いてから遊ぶより、ぬしらに付いて行くほうが面白そうじゃ! ではな!」


 一方的にそう言うと、アイビーは森の中に消えていった。


「……嵐のような方ですね」


 ナーナがぽつりと呟く。ノクスも頷いた。


「敵にならなくてよかった。これからは、変異個体の可能性がある魔物を見つけたら、一撃で仕留めるか様子を見るかにしよう」



 完全に日が落ちた頃に辿り着いた宿場町では、なかなか来ない二人を案じて大騒ぎになっていた。

 探しに行くべきか、いや危険だ、と冒険者組合の前で押し問答している中にノクスは割り込み、


「ちょっと大きいだけのスパイキーバットだったから、夜のうちにいなくなってると思う」


 と説明し、無理矢理解散させた。


「……なんか、疲れたな」


 治癒魔術で精神の疲労は癒せない。二人は早々と寝ることにした。

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