第31話 吸血鬼はあらいざらい正直に話した
少女の甲高い声が響いた反動のように、山はしんと静まり返った。
一拍置いて風が通り抜け、アイビーは、吸血鬼と聞いても動じないノクスとナーナから居心地が悪そうに目を逸らした。
「……吸血鬼じゃぞ? 竜と並ぶ最上位種じゃぞ? 人間は恐れ慄くもんじゃろ?」
やがて恥ずかしそうに頬を染め、わたわたと無闇に腕を振りはじめる。それを見て、ノクスは後頭部を掻いた。
「いや、うん、俺もせめて驚きたかったんだけど……」
恐れ慄けと言う割にはあまりにも威厳がない。人外っぽさで言えばジェニーのほうが上だな、などと失礼なことを考えてしまった時点でダメだった。
気を取り直して、ノクスは再び風魔術で脅しながら訊ねる。
「まあ、普通に話が通じるみたいだし。とりあえず、何をしようとしてたのか教えろ」
するとアイビーはあからさまに怖がりながら、
「た、大したことではない。南のほうに用があって、腹が減ったからその辺の家畜でも襲って食事しようと思っただけじゃ……」
素直に答えた。ノクスはため息をつく。
「家畜は良くない。そんなんだから駆除対象になるんだ」
「ううううるさい! 仕方なかろう、人間が育てた家畜は血が美味いんじゃ!」
「じゃあ金を出して一頭買い取ればいいんだ。それか血だけ欲しいって言えば、案外交渉が成立するかもしれないぞ」
食肉にする際には血抜きをする。どうせ洗い流してしまうものを引き取ってくれるなら、意外と需要と供給が一致するのでは。
「なるほど? ……ではない! わらわは魔族じゃぞ!? なんで人間と交渉なぞせねばならぬ!?」
一瞬ナイスアイデアだと納得しかけたアイビーだったが、流されていることに気付いて慌てて首を振った。
「人間が作ったものが食べたいんだろ? なら、人間のルールに従えよ」
「うゅ……」
正論をぶつけられて、再び小さくなった。
変な奴だと思いながら、ノクスは気を取り直して訊ねる。
「『共を連れて』って言ってたけど、吸血種はアンタだけか?」
「うむ、力を分けてやったら少々でかくなったが、あ奴らはただのスパイキーバットじゃ」
通常のスパイキーバットの大きさは、せいぜい中型犬くらいだ。少々どころではない巨大化だった。冒険者が逆光のシルエットで飛竜と見間違えるのも無理はない。
「何も悪さはしておらぬ、見逃してやってくれんか」
大きさは気になるが、スパイキーバットは木の実を食べる魔物だ。住み処は洞窟や森の暗がりで、人間と生活圏もほとんど被らない。群れで住み着くというのでなければ、ほとんど無害と言っていい。
「まあいいか……。って言っても、俺が撃ち落としたからなあ」
見逃したところでしばらくは空も飛べず、あの大きさではすぐに見つかって捕まるのではと、ノクスは腕組みした。
「わらわが力を与えたのじゃ、日が落ちる頃には回復する」
アイビーはフフンと胸を張った。不老不死とも言われる吸血鬼から力を与えられたのなら、確かに回復は早いかもしれない。
「なら、大丈夫か」
これから本格的に日が暮れる。冒険者組合は危険を伴う夜間にわざわざ森を捜索することはなく、逆に魔物は夜に活発になるので、上手く逃げおおせるはずだ。
「じゃあ、アンタはどうするんだ」
「う?」
問題はこの、アイビーという吸血種だ。
吸血種は名前の通り生物の血を吸い、人間や動物に害をなすため、下位種でも見つけ次第の駆除または組合への報告が推奨される。
だというのに、彼女は人間と同じ言葉を話す上位種の吸血鬼。伝説やおとぎ話にも登場し、本来なら一体出現するだけで周辺が封鎖される災害級の魔物だった。
「わらわはこのまま南へ向かうぞ。用事が済んでおらぬからな」
しかし、討伐されるのは飽くまでも人間に被害が出る場合だ。下手に立ち向かったところで、人間側の被害のほうが大きくなることはわかりきっているからだ。大義名分がなければ無駄死にを増やしたと糾弾されかねない。
「……わかっておる、家畜は襲わぬ」
一方のアイビーにも、家畜一頭をみみっちく狙わずとも腕の一振りで宿場ごと壊滅させられるだろうに、人間への害意や敵意は見られなかった。本当にただ通りすがっただけという感じで、今もこうして、ノクスの話を聞く意思がある。
「南に行ったらサースロッソだけど、何をしに行くんだ?」
それでも、もしナーナの実家に被害が及ぶなら、この先に行かせるわけにはいかないと、質問を重ねた。しかしアイビーは、あっけらかんと言った。
「会議じゃ!」
そこにはやましい気持ちや隠さねばならない事情はないようだった。
「最近、妙な噂が流れておるのでな」
「噂?」
「我らの王が復活――いや、再生? 誕生? 人間の言葉で何と言うかわからんが、とにかく、長らく不在だった王が再び現れたという噂じゃ」
またしても聞き覚えのあるワードに、ノクスは眉をひそめる。
「王って、何百年か前に、アコールの国王が倒したっていう?」
「そうじゃ。わらわはまだその頃ちんちくりんじゃったから覚えておらぬが、当時の王を知っていて、似た気配を感じ取った者がおるというんじゃ」
その頃から生きているのか、とノクスとナーナは驚いたが、今はいちいち突っ込んでいる場合ではない。
「会議して、何をするんだ?」
「魔族もいろいろじゃ。率先して近づいて取り入りたい奴もいれば、力を付ける前に倒して成り代わりたい奴もおる」
「じゃあ、アンタは?」
何か企てを持っているのかと思いきや、
「わらわか? わらわは――」
アイビーはにかっと鋭い犬歯を見せて笑った。
「面白そうだから行くだけじゃ! 会議なんぞ久しぶりだからのう!」
「……」
あまりにも屈託のない笑顔に、ノクスとナーナは顔を見合わせるばかりだった。
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