第46話 所長と吸血鬼は出会ってしまった

 その後もいくつか試作品の研究に付き合った後、おにぎりをお土産に貰い、生活術具塔を後にする。帰りはアイギアとメイの見送りがあった。


 と、


「ようやく出てきよったな! 早くこっちに来るんじゃ!」


 門の外で、アイビーがぴょんぴょんと跳ねた。


「……紫?」


 アイギアが、怪訝そうに呟いた。


「アイビー? 何してるんだこんな所で」

「おぬしを待っておったんじゃ。そろそろ壁が消えそうじゃからな」

「わざわざ外で待ってるなんて、律儀だなあ」


 彼女の常識なら、とっくに敷地内に入り込んで騒ぎを起こしていてもおかしくないのに、と不思議に思っていると、


「人間の家は、中の者に招かれないと入れないのじゃ……」


 悔しそうに肩を落とした。


「……人間の家に入れない……? ……その子、もしかして魔物っすか」

「む? おぬし、ここの家主か?」


 アイギアは生活術具塔に住んでいると言っていた。確かに彼の家だ。


「妙な目を持っておるな。面白い」

「……そっちこそ、珍しい色の魔力だな……。結界を無力化してるのは、ノクス様の魔術か……」

「よく気付いたのう! おぬし、なかなか見所がある」


 お互いに興味を持ってしまった。


「ええと……」


 魔物を町に引き入れたことをどう説明したものかとノクスが考えていると、


「案ずるな、わらわはノクスの『友達』じゃ。街で悪さをするつもりはない」


 アイビーは胸を張って答えた。


「派手にやってるくせに」

「む!? あ、あの若者は、一晩遊んで朝方には寝かしつけたぞ!? ちょっと血は足りておらんかもしれんが、動けるはずじゃ」


 夜遊びの内容がバレていることに気付いて、あわあわと手を動かして弁解する。


「血って、まさか吸血鬼ですかあ?」


 メイが驚いて、アイギアの陰にサッと隠れた。身長差がありすぎて、あまり隠れられていない。


「何じゃ、驚くことか? そやつにもエルフの血が混ざっておるくせに」

「エルフ?」


 エルフはアコールの国外、西方に小さな自治領を持つ種族だ。アコールだけでなく、ほとんどの地域と交流をしない謎の多い民。


「その目はエルフの目じゃろ? 上手く扱えておらぬようじゃが」

「……確かに、俺の先祖にはエルフがいるけど……」


 ゴーグル越しに紫の魔力をしげしげと眺めるアイギアと、エルフの目に興味津々のアイビーは、しばし見つめ合い。


「……ノクス様。今度来る時、この子も連れてきてもらえませんか……」

「所長!? いくらなんでもそれはまずくないですかあ!?」

「……お嬢とノクス様が平然としてんだ。……大丈夫だろ……」


 若干自信なさげにしながらも、自分を納得させるようにいうアイギアだった。


「中に入れてくれるのか!? 今からでもよいぞ!?」


 アイビーはぱあっと顔を明るくし、門の中に足を踏み入れようとして、


「……いや、吸血鬼とタイマンはさすがにちょっと怖いんで、ノクス様と一緒に来て。……俺、あんまり血の気多くないし……」

「うゅ」


 丁重に断られ、敷地内の土を踏むことは叶わなかった。


*****


 翌朝、まだノクスとナーナが朝食を食べている時間に、金髪の少女が門の前でノクスを呼べと言っていると、門番が伝えにきた。


「ノクス! あのエルフの目の男のところに行くぞ!」


 朝から元気な吸血鬼は、腰に手を当ててノクスを見上げた。


「こんな早い時間に行ったら迷惑だろ……」


 いくらいつでも入れるようにしておくと言っても、相手の都合がある。


「今日も門の外にいたということは、この屋敷にも入れないのですか?」

「うむ……」


 話によると、吸血鬼は何故か、人間の住居に許可なく入ろうとすると身体が動かなくなるらしい。

 店などは初めから来客を歓迎しているので大丈夫で、先日バルコニーに降りられたのは、ノクスがちょうど外に出ていて、アイビーの来訪を拒まなかったからだということだった。


「うゅ……まだ待たねばならぬのか……。人間は何故夜に寝るのじゃ……?」


 楽しみで夜が明けるのを一晩中待っていたアイビーは、肩を落とした。じっと見ていたナーナが、ふと思いついて訊ねる。


「アイビー様、初めてお会いした時に破れたマントはどうなさいましたか?」

「む? 仕舞っておるぞ。穴が空いても、捨てるのは忍びなくてのう」


 言いながら、腰の辺りからずるりと取り出した。少女向けの愛らしいデザインのマントには、強化された矢に貫かれた無残な跡が残っていた。


「直す当てがないのでしたら、術具研が開くの待つ間に私が繕いましょうか」

「できるのか!?」

「はい、穴を塞ぐくらいなら」

「では任せた!」


 本当にお気に入りのマントだったらしく、笑顔でナーナに嬉しそうに渡すアイビーだった。



 サロンに大きな裁縫箱を持ってきて、似た色の布を探して裏から当て、穴を繕うナーナの様子を、アイビーは目を輝かせながら興味深そうに見る。


「普通のマントなの?」

「うむ、人間の町で買ったのじゃ」


 普段着ているひらひらした服も、同じく人間の町で仕入れたらしい。


「穴を塞いだところに、刺繍を入れましょうか。縫い跡が目立たなくなりますし、補強にもなります」

「任せた!」


 裁縫だけでなく、時間稼ぎも上手いナーナだった。


「やはり人間は器用じゃな。わらわはこういう、細かいことはどうも苦手で」


 丁寧に黒い糸で刺繍を施すナーナの手元を興味深そうに見ながら、アイビーはため息をつく。


「魔法では直せないのですか?」

「見た目を新品のように見せることはできるが、壊れたものは元には戻らぬ。時間と命は、どうにもならぬものじゃ」


 一瞬だけ、アイビーの顔が陰った気がした。


「もちろん、不可能に挑戦する者はいつの時代にもおるぞ? 人間にもおるじゃろ?」


 しかしすぐにぱっと顔を明るくして、ノクスを見た。


「うん、死んだ人を生き返らせようとするとか、吸血鬼みたいな不老不死を目指す話は、昔からたくさんあるね」


 おとぎ話や伝説の類いはもちろん史実でも、死者への執着や美しくありたいという欲、老化への恐怖は、世界中のあらゆる場所で問題を起こしてきた。


「わらわたちも不死というわけではない。見た目は好きなようにできるし、年齢というものは確かにないが、日差しを浴びただけで死んでしまう儚い種族じゃ」


 よよよとか弱そうぶってみるが、


「克服してるだろ」

「まあのう」


 太陽が燦々と降り注ぐ早朝から訪ねてきた常識外れの吸血鬼は、すぐに身体を起こした。

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