第77話 パーティーは更に下層へ潜った

 グレアムパーティーの信用を得てからは、グレアムを先頭に、ノクスの後ろにナーナと伯爵、ネイト、そしてしんがりをモリーが務める形で進むことになった。


「グレアム、次の角を曲がった奥に二匹」

「おう。……便利だな……」


 敬称はむず痒くなるから呼び捨てでいい、と冒険者各位に言われ、ノクスは言われたとおりに呼び捨てで呼ぶことにした。戦闘は全て任せるつもりだったが、彼らが出くわしたイレギュラーな魔物が上層階に来ている可能性もある。入院している前衛の代わりを務めるグレアムの体力と気力をできる限り温存するため、ノクスは索敵で補助することにした。宣言通りに黒い身体に赤い目の獣が二匹飛び出してきたのを、グレアムは難なく捌く。


「考えてみれば、首都の学者じゃなくて、術具研所属の学者なんだもんね。アンタ、本当は護衛がいなくても迷宮に潜れるんでしょ?」


 モリーが拍手して笑った。


「ええ、まあ。……術具研って、そんな風に思われてるんですか?」


 今までに見てきた研究所の雰囲気から察するに、かなり自由で変わり者の多い場所だとは気付いていたが、どうやら世間の評価はそれ以上らしい。


「誰も大きな声では言いませんが、組織の規模と純粋な実力では、宮廷魔術師団と張り合えるのではないかと言われているくらいですよ」


 ネイトも頷いた。確かに、魔術学院出身の魔術師も多く、攻撃術具塔には自分たちで試し撃ちをするために結界外に行き、無事に戻ってくる程度には実力がある研究者が多いと聞く。協調性には少し欠けるかもしれないが、サースロッソを守る程度なら、十分な戦力があると言っていい。


「友好条約を結んでいるとは言え、一応、隣国との境界にある領地ですから。いざという時のために軍事力も備えているのです」


 ナーナが少し得意げな様子で答えた。ノクスは「そうなんだ」と相づちを打ちそうになって、術具研の人間が知らなかったらおかしいのではと、喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。


「前にも術具研の護衛をやったことがあるけど、あの時も、護衛っていうより共闘だったもんなあ」

「アンタらは雰囲気が貴族っぽいから忘れてた。人は見かけに寄らないな」

「おや、私も貴族でしたが?」

「いつの話だ」

「あ、奥から三匹来ます。一匹は多分、斬撃が効きにくい奴。連動して脇道から二匹」

「はい」


 雑談の流れのままに、ネイトが杖を構える。本人は自分のことを落ちこぼれのように言うが、変な力が入らず、狭い空間で的確に仕留められる魔術を選んで速やかに展開できる辺り、十分に優秀な魔術師だった。




 迷宮の中とは思えない和やかな空気で順調に進み、十階層の終わりで時間を確認する。


「予定通り、今日はここで野営だ」


 階段前は、ここで休めと言わんばかりにぽっかりと広く開いた広場になっていた。やはり迷宮は、人間に向けて作られた場所だと、ノクスは改めて納得する。

 昼間と同じく、ナーナが中心になっててきぱきと料理を始める。メニューは、昼間よりも時間の掛かる煮込み料理に加えて、たき火でじっくりと焼き上げる海水魚の塩焼き。


「煙は、階段のほうに抜けていくんだな」


 パチパチと香ばしく跳ねる脂の音を聞きながら、ノクスは煙の行く先を目で追う。密閉されている空間のように見えて、風の通り道があるようだった。ノクスが立ち上がってふらふらと階段のほうに向かうと、


「気になっても一人で先に下りるなよ、あんまり心配はしてないけどさ」


 モリーが付いてきて、階段を覗き込むノクスの肩を叩いた。


「止めてもらって良かったです。本当に下りるところでした」


 煙は天井を伝って下に向かっている。石組みには隙間はないようだった。


「あたしは心配しなくても、ナーナが心配するだろ?」

「……そうですね。ありがとうございます」


 迷宮の空気感は、アストラとして一人で依頼をこなしている時の感覚を呼び起こす。ナーナの安全は最重要項目で常に気を配っているが、逆に自分が心配されることもあるということを失念していた。――ナーナの気持ちを慮ると行動が縛られてしまうが、嫌な感覚ではない。

 モリーはそんなノクスの様子に、小さくため息をついた。


「変な関係だね、アンタたち。何年も一緒にいる夫婦みたいにしてるかと思ったら、まだ付き合ってもいないような仕草もするし」

「あはは……」


 全くもって、モリーの言う通りだった。四年の月日を一緒に過ごし、お互い想い合っていることもわかっているのに、未だにノクスは、ナーナにきちんと想いを伝えていない。

 そこでノクスは、ふと気になって訊ねた。


「……モリーとグレアムは、夫婦……ですか?」

「一応ね。家も子どももないけど」


 少し照れている表情を見るに、二人の仲が円満なのは伝わってきた。

 それから、腕の古い傷を指さした。


「これ、ちょっと深い迷宮に潜った時にやられた傷なんだけど。毒持ちの奴でさ、本当に死にかけたんだ。グレアムがプロポーズしてきたのは、その後すぐ」


 ほかの傷跡よりも大きく、爛れたようになっている傷は、きっとこれからも消えることはないだろう。


「あたしが死ぬと思ったら、言わずにはいられなかったんだって。こっちは意識も朦朧としてんのにさあ。デリカシーがないと思わない?」


 大げさに首を振って、ため息をついた。グレアムは悪口を言われているとも知らず、伯爵と明日の予定について打ち合わせをしている。


「……まあ、最後に聞くのが愛の告白っていうのも、悪くはなかったけどね」


 結果的にこうしてモリーは生きているが、グレアムは一時、引退して危険の少ない仕事を始めることも考えたそうだ。しかしモリーは、自分のためにやりたいことを諦めるなら別れてやると大暴れして現在に至ると、笑いながら言った。


「どういう事情があるかは知らないけど、言いたいことは早めに言っておきなよ。人間、いつ死ぬかわかんないんだから」

「……」


 それを聞いて何か考え込みはじめたノクスに、モリーは首を傾げる。


「どうした?」

「……そういうのって、どういうシチュエーションで言われたいですか?」


 真剣そのものだった。


「……ちょっと待って。考える」


 デリカシーがないとは言ったものの、いざ聞かれるとすぐに答えられない。二人して階段の側で腕組みをしている姿を、


「……何してんだあいつら」


 グレアムは、怪訝そうに遠巻きに見ていた。

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