第5話 王子は弟のために少しだけ本気を出すことにした

 ノクスたちは罠に気をつけながら第二層、第三層と下っていくが、ラノ一行が先に魔物を屠っているおかげで、道中は穏やかなものだった。


「やっぱり、ラノの剣は斬り口が綺麗だな」


 一刀両断されている数が徐々に増え、罠の設置数が反比例して減っていた。


「そろそろあのガラの悪いお供連中も、ラノの実力がわかってきたらしい」


 自分のことのようにフフンと得意げに胸を張るノクスを見て、


「……ラノ様はノクス様に甘いですが、逆も大概ですね」


 ナーナはぼそりと言った。


「片割れの成長を喜んで何が悪い」


 ノクスがむっとする。


「片割れ、ですか。確かにラノ様とノクス様は、双子なのに正反対のことが多い気がします。まるで元は二人で一つだったような」

「実際そうかもしれないな。ラノは俺の居場所を見つけるのが上手いんだ」


 逆に、ノクスもラノが近づいてくるのが直感でわかる。共鳴のようなものではないかと、ノクスは考えていた。


「正反対と言えば、ラノ様は剣がお得意ですが、ノクス様は魔術が使えるようだと、ラノ様が仰っていたことがあります」

「やっぱり気付かれてたか。人前では使わないようにしてたんだけどな」


 書庫にはたくさんの魔導書があったが、ラノには魔術の素養はほとんどない。何でもそつなくこなすラノが唯一、人よりも劣っているのが魔力量なのだ。

 発動できるのは子どもでも使えるような簡単な生活魔術のみだったので、それ以上の教育は不要ということになった。


 結果的に、一般家庭ではまずお目にかかれない大量で高品質の魔導書の類いは、日の目を見ることなく書庫送りとなった。ノクスはそれを片っ端から読み、幸いにも豊富な魔力量を保有していたことから、独学で魔術が使えるようになったのだった。


「それで、覚えた魔法を使って外で冒険者をしていたと?」

「……はい……」


 勘の良いナーナは、ノクスが家の外で「見学」以上のことをしていたことにとっくに気付いていた。


「まあ、ご無事なら何も言いません。ちなみに、ラノ様が『自分の魔力を全部ノクスが持っていったみたいだ』と笑っていた時のお顔は、さっきのノクス様とそっくりでしたよ」

「……」


 似てない似てないと比べられる日々の中で、初めて兄弟であることを認められたような気分になり、ノクスは妙な照れくささを感じて目を逸らした。


***


 順調に見えたラノの痕跡に異変があったのは、五階層だった。


「おお、形状が変わった」


 神殿風から一変、景色は木々の生い茂る見通しの悪い森に変貌した。


「迷宮の本領発揮ってわけだ」


 見上げると、地下空間のはずなのに何故か青空が見える。


「ナーナ、足元が悪くなるから気をつけてくれ」

「はい」


 多少鍛えていても、屋敷勤めのメイドが森を歩く機会など皆無だ。二人は少し速度を落として慎重に進んだ。


 と、


「うん?」


 ラノに斬り捨てられた魔物の残骸の傍らに、赤黒いシミがあった。


「これは魔物の血じゃない」

「誰かが怪我をしたということですか」


 ノクスは頷く。


「そろそろ疲れも出てくる頃だ。油断したんだろう」


 言わんこっちゃない、と肩をすくめて通り過ぎようとしたノクスだったが、ふと立ち止まり、血痕の傍らに屈んだ。


「……」


 血を指で擦る。


「……ラノの血だ」

「ラノ様の?」


 そして舌打ちした。


「誰かを庇ったんだ。そうじゃなきゃ、この程度の迷宮で一撃喰らうわけない」


 ラノは魔術こそまともに使えないが、剣の腕前はその辺の冒険者よりも上だ。いずれは王国騎士団で剣を教えるエドウィンを越えるだろうと言われている。


「あの役立たずども、引っ張る足は俺のだけにしろ」


 そして、森の奥を見据えた。


「だらだら追いかけるのはここまでだ。ナーナ、少しペースを上げてもいいか」

「ご随意に。置いていってくださっても構いません」

「そんなことしたら、ラノに怒られる。でも、ありがとう」


 ノクスは優秀なメイドに少し微笑んで、空を見る。


「太陽は……、あっちか」


 光が差してくる方角を確認すると、人が通った跡がある道とは別の方角に歩き出した。


「ラノ様を追うのではないのですか」

「血の乾き具合から見るに、ラノたちがここを通ったのは一時間以上前だ。気配も感じられないし、この階層にはもういない。だから、最短ルートを取る」


 もはやノクスは、冒険者として覚えた知識を隠さない。太陽を指差す。


「迷宮内部に出ている太陽は、本物じゃない。魔力の発生源だ。近づくほど魔物も増えるし、階下にも近づく」


 つまり太陽を真っ直ぐ追えば、それっぽい道を歩くよりも早く着く。


「たまにそういう常識を逆手にとった意地の悪い迷宮もあるけど、ここは代々王家が腕試しに使ってきた初級の迷宮だ。そんなトラップはないと見ていい」


 そして太陽が出ている方角に向けて、人差し指を向けた。


「ナーナ、少し下がってて」

「はい」


 首を傾げながらも、ナーナは言われた通りにノクスから少し距離を取った。

 直後、


「『風斬砲』」

 ズドン、という爆音と共に、ノクスの指先から圧縮された空気の塊が放たれた。木々がめきめきと音を立てながらなぎ倒され、ついでにいくらか魔物の悲鳴も混ざったような気がした後、二人の目の前に一直線の道ができた。


「……」

「行こう」


 ジトッと見つめてくるナーナを敢えて無視して、ノクスは作った道を早足で歩き出した。

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