第6話 メイドは何かを隠していた
歩きやすい直線道路を無理矢理作るという荒技で無事に六階層に辿り着いたノクスは、
「まだこの階層にいるな」
ラノの気配を感じ取った。注意深く地面を観察し、人が踏み入った形跡のある道を進む。
時折落ちている魔物の残骸でルートを確認しつつ、しばらく進んだ頃だった。
「いた」
遠くに動く人影を見つけて、ノクスは速やかに木の陰に隠れた。ナーナもそれに続く。
音を立てないようにしながら、二人は声が聞こえる距離まで近づいた。
ラノは木の根に腰掛け休んでいるところだった。周りでは従者たちがしきりに謝っていた。
「本当に申し訳ございません、私を庇って、こんな」
三人の中で一番口数の少ない地味な男性の使用人が、額を地面に擦りつける勢いで土下座している。
「心配しないで、回復薬も飲んだし、少し休めばまた動けるよ」
ラノは相変わらず穏やかに宥める。肩口に巻かれた包帯からは、血が滲んでいた。
「三人もいて、誰も治癒魔術が使えないのかよ」
ノクスは聞こえない音量でぼやいた。
「合流しないのですか?」
弟の怪我の心配をしつつも出ていく様子がないノクスに、ナーナが素朴な疑問を投げかける。
「やだよ。あの使えない奴らを選んだのはラノなんだ。これに懲りて少しはお人好しが治ればいい」
相手の売り込みが強くて断れなかったのだろうということは、容易に想像がついた。だが時にはきちんと断れることも、上に立つ者としては大事なことだ。
「回復薬も飲んだって言ってた。怪我は利き腕じゃないし、まだ剣も振れるはずだ。手助けするほどじゃない」
ぶつぶつと言いながら、ノクスは音を立てないようにゆっくりと立ち上がる。
回復薬は、使用者の傷や病気の治りを早める薬だ。ラノが負った傷程度なら、怪我をした後すぐに飲んで休めば、小一時間で血は止まる。
「どうなさるのですか」
「先に行こう。魔物を間引いて、ラノの負担を減らす」
そう言うと、ノクスは背負っていた弓を構え、静かに歩き出した。
***
「ところでノクス様。魔術学院生と宮廷魔術師以外で治癒魔術が使えるのは、王都のお医者様くらいですよ」
ラノ一行の姿が見えなくなった頃、ナーナがぽつりと呟いた。
「そうなの? 冒険者にもいるだろ、治癒術士が」
ノクスは首を傾げる。数は少ないが、簡単な外傷や毒などを治療する魔術が使える者は確かにいる。
「それは知りませんでした。有事に備えて一人くらい採用するよう、エドウィン様に提案してみましょうか」
世間知らずはお互い様か、と呆れたノクスだったが、ふと気になって訊ねる。
「ナーナって、普通に父さんと話すよな。……本当は上流貴族の娘だろ?」
ナーナの所作や話し方には、妃教育レベルの気品がある。髪にも艶があり、今日の装備もシンプルだが上等なものだ。
「家名を頑なに言わないってことは、それなりに有名な家ってことだ」
しかし誰もが率先してアピールをする中、ナーナだけは、自分の家柄をひた隠していた。
名前だって、「ナーナとお呼びください」と言われたからそう呼んでいるだけで、本名ではないことはノクスもラノも感づいている。
エドウィンが彼女の自由な行動を容認しているところからも、他のメイドよりも格上の家柄だとノクスは確信していた。
「……それについては、お二人の成人の儀が無事に終わったらお話しします」
「ふーん? まあ、話したくないなら別にいいよ。ナーナはナーナだ。おっ、いたぞ」
遠くに獣型の魔物の姿を見つけたノクスは、急に真剣な顔つきになり、速やかに矢を射った。
「……弓がお上手だったのですね」
木々の間をすり抜け、魔物の額の中心を正確に射貫いたのを見て、ナーナが少しだけ目を見開いた。
「魔術で射線に補正を掛けただけだ。外すほうが難しい」
言いながら速やかに仕留めた魔物に近づくノクス。
「そんな芸当もできるのですか。……騎士の皆様も、ノクス様に魔法を習うべきでは」
「騎士って、父さんから剣を習ってるんだろ? 土下座されたって教えるもんか。魔物に襲われてくたばれ」
ノクスは、へっ、と王子らしからぬ態度の悪さで吐き捨てた。
「魔物の残骸はどうするのですか。どこかに隠しますか?」
残骸があったら、ノクスたちが先行していることがバレてしまう。
「もっと良い方法がある」
そう言うと、ノクスは魔物の死体に手を翳した。すると、パラパラと灰のように端から崩れ、風もないのにいずこかへ消えた。
「今のは……。もしかして、浄化ですか?」
塵が消えた上空を見上げ、ナーナはぽかんと口を丸く開けていた。
浄化魔術には、土地や生物に溜まった魔力の穢れを祓う効果がある。
下級の魔物は身体そのものが穢れた魔力でできているため、浄化されると身体ごと大気に還るのだ。
「これが使えるのは、ラノにも言わないでくれ」
ノクスは口元に人差し指を立てた。
治癒魔術は習えば使えるようになる者も多いが、浄化魔術が使える人材は、世界的に見ても珍しい。各地の王族や宗教団体がこぞって探しているという噂があるほどだ。
「使ってみたら案外使えたけど、政治や宗教の道具に祭り上げられるのはごめんだ」
「……かしこまりました」
「ありがとう。ナーナの口の堅さは信用できるからな」
ははは、と珍しく声を出して笑うノクスの顔を、ナーナはじっと見る。
「?」
それから、ふいっと顔をそらした。
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