第7話 王子は優秀な魔術師だった

「下層に行く階段は、ここだ」


 ノクスが何の変哲もないただの巨木に手を触れると、高い位置にあった木のうろがぐいーんと伸びて、人が通れるサイズになった。その奥には、人工的な階段。


「……階段も、塞ぐ方法があるのですか」


 段々、ナーナも証拠隠滅の仕方がわかってきた。


「ああ。こうやって内側……。この場合外側になるのか? とにかく、階段側から少しだけ魔力を流してやるんだ」


 言いながら壁に手を触れるノクス。再びぐいーんと穴が動き、元の大きさに戻った。


 それからも、ノクスは遠距離から魔物を弓で射抜き、ばっさばっさと浄化していった。ナーナは突っ込むのも面倒になったようで、時々雑談のような小言を言いながら、後をついてくることに専念してくれた。



 そして、いよいよ第九層。


「この階段を下りれば、迷宮の主に会える」


 道を作る荒技こそしないものの、ノクスたちはほぼ直線のルートを辿って速やかに地下への階段を擁する大樹を見つけると、


「よし、ラノたちが追いつくまで休もう」


 少し離れた木陰に向かい、よいしょ、と腰を下ろした。


「ナーナも疲れただろ。足を投げ出すといい」

「……失礼いたします」


 ナーナは言われた通りに足を投げ出し、小さくため息をついてふくらはぎを揉んだ。

 我慢強いメイドだ、とノクスは感心する。ナーナの仕事ぶりは普段から誠実で正確だが、四半日以上歩き通しということはさすがにない。その辺の令嬢ならとっくに音を上げている。


「ノクス様は、あまりお疲れでないようですね」


 軽く背伸びをして身体をほぐし、暢気に欠伸をするノクスを、ナーナがじっと見る。


「俺は強化魔術とか治癒魔術とか、使えるから」

「……使えるのですね、治癒魔術」


 使い手が少ない治癒や解毒は、どこに行っても重宝される。自分に使ってもよし、治療院を開いて金を取ってもよしの役に立つ魔術なので、ノクスは冒険者として活動する際に、率先して覚えていた。


「口止め料に、少し掛けてやろうか」


 手を伸ばしたら、サッと足を引っ込められた。


「治癒魔術は魔力の消耗が激しいと聞いたことがあります。大丈夫です」

「足の疲れを取るくらいなら何ともないけど……」


 治癒魔法は一般的に、相手に触れて発動する。なるべく患部に近いところに触れるのが良いとされるので、男に足を触られるのが嫌なのかもしれないと思い当たって、ノクスは手を引っ込めた。


「じゃあ、これでも飲むといい」


 代わりに、中空から瓶を取り出しぽいと投げ渡すノクス。受け取った黒い瞳に、ジトッと見つめられた。


「……説明したほうがいいか?」

「お願いします」

「今のは魔術収納。それは俺お手製の『おいしい回復薬』。以上」


 魔術師は、修練を積むと自分だけの空間を作り、あらゆる物質を仕舞えるようになる。もちろん適正が必要だが、幸いなことにノクスはかなりの適正を示し、少なくともガラクシアの屋敷一つ分くらいの家財道具ならすんなり入る大きさを持っていた。


「……おいしい回復薬」


 ナーナはノクスの言葉を復唱しながら、濃い赤色の液体が入った小瓶をじっと見つめた。何度かノクスと瓶を見比べた後、意を決したように蓋を開け、ちび、と一口飲んだ。それから目を見開いて、ごくごくと半分ほど飲む。


「な? 美味しいだろ?」

「はい」


 目を丸くして液体を観察しながら、ナーナは素直に頷いた。


「甘酸っぱくて、爽やかな味です」


 回復薬は、冒険者が必ず携帯している薬だ。もっと言うなら、冒険者より使用頻度は低いものの、一般家庭にも数本は常備してある。

 それだけ広く普及している薬だが、一つ難点があった。


「回復薬は不味いものだと思っていました」


 そう、不味いのだ。薬草のきつい香りに加えて、渋い木の実を煮詰めて水で薄め、砂糖で誤魔化すのに失敗したような味がする。そういう作り方をするから。


「ただでさえ弱ってる時に飲むのに、不味いのって嫌だろ? だから改良した」

「……お店でも、売っていただければいいのに」


 言いながら、ナーナはぺろりと唇を舐めた。味が気に入ったようだ。


「材料が手に入りにくいんだよ」

「そんな貴重なものを、ありがとうございます」

「いいんだ。ラノに頼まれたからにしても、『忌み子のほう』に付いてきてくれた礼だよ」


 一人で迷宮を攻略するつもりだったノクスだが、道中の話し相手がいるだけで随分気が紛れていた。


「冒険仲間がいるのは、意外と悪くないな」

「……恐縮です」


 ふ、とノクスが不意に笑った顔を見て、ナーナはすっと瓶に視線を落とし、残った回復薬を一気にあおった。


***


 木陰で雑談することしばし、ナーナの足の疲れもすっかり取れた頃に、ようやくラノ一行が巨木の前に現れた。


「やっと着いたあ……」


 あんなに威勢の良かった三人は、疲れて冗談を言う気力もないようだった。


「あと少しだよ。頑張ろう」


 ラノは顔色も良くなり、肩の傷さえなければ一番元気そうだ。さすが、魔法でズルしている自分とは鍛え方が違うな、とノクスは誇らしげに微笑んだ。


「……」


 階段を下りる直前、ラノは後ろを振り返った。ノクスを探しているのは間違いなかった。

 が、ラノとノクスは十数年かくれんぼをしてきたのだ。こんなこともあろうかと、共鳴の打ち消し方も編み出している。


 ラノ一行が階段を下りていった後、ノクスはそろりと巨木に近づき耳をつけ、足音が完全に消えるのを待った。


「……行ったな」


 それから二人は閉じられていない大きな木のうろの奥を覗き込み、互いに目配せすると、なるべく足音を立てないように階段を下りていった。

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