第8話 二人の王子は無事に核を手に入れた

 最下層は、再び神殿を模していた。


「この迷宮が王家の成人の儀に使われてきたのは、難易度がちょうど良いだけじゃなくて、この厳かな感じが合っていたからかもしれないな」


 ノクスは小声でそんなことを言いながら、観光気分で周囲を見回した。


「まあ、魔物はそんなこと、知ったこっちゃないだろうけど」


 開け放たれた扉から少しだけ顔を出して中を窺うと、大乱闘が繰り広げられていた。

 迷宮の主は、双頭の蛇だった。階段を飲み込んでいた大樹ほどの太さがあり、長い胴体でのたうち回っている。


「やってるやってる」


 ひょろい庭師は罠が得意、すばしっこいメイドは機動を生かしたトリッキーな動き。口数の少ない青年は、攻撃魔法が使えるようだ。


「……意外と、健闘していますね」

「ラノが怪我したのが、効いたのかもな」


 三人に、地上で見たような軽薄な様子はない。きちんとラノを補佐し、自分のやるべきことを理解している動きだった。


「相変わらず、真っ直ぐでぶれない、良い剣だ」


 ラノが本気で戦う様子を、ノクスが見る機会は少ない。稽古をこっそり見ることはあっても、彼が父と共に魔物の討伐に行く時に、ノクスが呼ばれることはないからだ。


「やっぱり、ガラクシアはラノが継ぐべきだと思う」


 俺では駄目だ、とノクスは呟いた。

ラノの周りには自然と人が集まり、彼を支えようという気持ちにさせる。双子の兄には備わらなかった、天性の魅力だ。


「……」


 ナーナは、黙って隣に立っていた。


「でもま、次期ガラクシア当主の補佐としては、あの三人じゃ力不足だな」


 ここまでの疲れもあってか、徐々に動きが鈍くなってきている。蛇にもそれなりにダメージが蓄積されているが、この分ではラノたちが立てなくなるほうが早そうだ、とノクスは判断した。


「後から来た奴が、ちょっと手柄が欲しくて加勢したってことでひとつ」


 そして弓を引き絞る。狙うは、双頭の片方。


「シッ」


 魔力補正を受けた矢は、真っ直ぐに金色の目を貫いた。


「!」


 ラノが矢に驚いたのは、ほんの一瞬だった。入り口にいるノクスを一瞥することもなく、悶える蛇の隙を突いて、まだ元気なほうの頭を横薙ぎに両断した。


「よし!」


 両方の頭を潰された蛇は大きくうねった後、石造りの床に地響きと共に倒れた。


「いやあ、ちょっと遅かったなー」


 気が抜けた途端に疲れで立ち上がれなくなったラノ一行の前に、ノクスはのこのこと姿を現した。


「やったな、ラノ。お前がイースベルデの領主だ」


 ノクスは弟を立ち上がらせようと、手を差し伸べた。彼にはまだ仕事がある。蛇の亡骸から、迷宮の核を取り出さねばならないのだ。

 すると、


「……ノクスがあんなに弓が上手いなんて、知らなかったよ」


 ラノはにやりと笑った。


「マグレだよ。上手く目に当たって良かった」


 ノクスも同じ顔で笑い返す。


「そういうことにしとく」


 ラノが手を取った瞬間、ノクスは少しだけ治癒魔法を掛けてやった。


「肩、大丈夫か?」

「うん、さっきのでかなり良くなった」


 愛らしいウィンク。弟は何でもお見通しだった。


 切り落とした頭をラノが半分に裂くと、鮮やかな青色の石がコロンと出てきた。


「あった。これが核か……」

「綺麗!」


 まだ立ち上がれないメイドが、ラノが拾い上げた透き通った宝玉を見て歓声を上げた。


「父様の剣にも、こんなのが嵌まってるよね」

「確かに。ここで手に入れたものだったのか」


 迷宮の核は、持ち主に様々な恩恵を与える。効果は様々だが、悪い効果が付くことはない。故に高値で取り引きされ、貴族も冒険者も欲しがる逸品だ。


「それじゃ、帰ろう。俺は庭師に肩を貸すから、ナーナは彼女を。ラノは魔術師だ」


 今この場で冒険者らしい正常な判断ができるのは、ノクスだけだった。この時ばかりは、ラノの従者もノクスの指示に従うしかなかった。

 主を倒した迷宮の最下層には、転移魔法の陣が発生する。祭壇のように一段高くなった床を踏めば、瞬時に地上へ帰れる仕組みだった。


 各々が転移陣へと歩き始める中、ラノはじっと、蛇の亡骸を見ていた。


「どうした? 仕留め損ねたか?」


 縁起でもない冗談を言ってみるノクス。転移陣が現れた以上、主がまだ生きているということはない。


「……ねえ、頭が二つあって、その片方から核が出てきたってことはさ」


 嫌な予感がした。いや、ラノに取っては良い予感だ。


「もう片方の頭にも、入ってたりしないかな」

「……まさかあ……」


 笑い飛ばそうとするノクスの背中を、いいからいいからと押しやるラノ。


「せっかくだから、試そうよ」

「迷宮の核は、一度に一つ、だろ? そんなことあるわけ……」


 ぶつくさ言いながら、ノクスは道中で一度も抜かなかった自分の剣を抜き、ラノを諦めさせるために蛇の頭を割った。と、


コロン、と涼やかな音がした。


「……あった……」


 足元に転がってきたのは、ラノが手に入れたのと同じ大きさの、赤い宝玉だった。


「やった! これで一緒にイースベルデだ!」


 ラノは自分の核を手に入れた時よりも喜び、ノクスに抱きついて、


「痛った……!」


 肩を押さえて涙目になった。

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