第50話 魔物たちの会議は踊った
黒い長髪を真っ直ぐに下ろした、一見すると人間にしか見えない男だった。ただし目は赤色。――ノクスと同じ色をしていた。
男は何も言わずに部屋の中を見渡すと、入り口から見て一番奥の席に座った。
『始めよう』
前置きも何もなく、会議は突然始まった。
『久しぶりの会議じゃ! 皆愉快に暮らしておったか?』
『ぼちぼちですね』
『大して面白いもんはねえ』
楽しそうなアイビーに、ケイと大男が返す。
『人間が進出してきて面倒だ』
『あら、海に来る? 平和よ』
ライオンがぼそりと言い、人間の間では存在そのものが伝説になっている人魚族の女性がうふふと笑った。
『……おぬしが海に行ったら、下半身が魚のライオンになるのかの?』
『冗談じゃない』
ふう、と鼻から大きく息を吐いて、ライオンは心底面倒くさそうに前足に頭を預けた。
『そろそろ本題に入ってもいいだろうか』
戯れる面々を黙って見ていた黒髪の男が、ぽつりと口を挟む。
『そうじゃ! 王が復活したというのは本当か!?』
本日の議題をようやく思いだし、そわそわと訊ねるアイビー。
『まだ確証はない。ガラクシアで似た雰囲気を感じただけだ』
『ガラクシア? またなんであんな田舎に』
大男の問いに、ノクスは「田舎だったのか」と全く関係ない感想を持った後、ぐっと笑いを堪えた。
『蜘蛛の群れが一日で消えたと聞いて。あそこには、僕が力を分けた蜘蛛がいたんだ』
間違いなく、あの変異しかけの巨大なドットスパイダーのことだ。こいつの仕業だったかと、警戒を強めた。
『おぬしの眷属がやられたのは知っておるぞ。人間がやったんじゃろ?』
アイビーが身を乗り出す。
『それまで何の素振りもなかったのに、人間ごときが一帯の蜘蛛を一日で?』
『最近は人間も面白いぞ! わらわと張り合えるくらい強い奴もおる!』
『これだから人間かぶれは』
アイビーが人間に好意的なのは周知の事実のようで、大男とライオン、そしてケイも、やれやれといった空気を出している。
『蜘蛛がやられた場所に残っていたのは、確かに人間の気配だった。後処理を冒険者たちがしていたから、あの団体に所属している者だろう』
まさか当事者がアイビーの後ろに控えているとは知らず、魔物たちは話を続ける。
『じゃあ、王の気配はどこに?』
『……その現場から少し離れた、何もない場所にうっすらと』
『どういうことだ? お前の眷属がやられるのを眺めてたってことか?』
『まさか! あのお方がそんな非道なことをするわけがない!』
『なら、似ているだけの別の者だったのでは?』
『僕があのお方の気配を間違えたと!?』
『わらわは時々眷属の気配を間違えるぞ?』
『きみと一緒にするな!』
黒髪の男は髪を振り乱して言い返した後、はっと気付いて声のトーンを落とした。
『……実際には、全く何もなかったわけじゃない。轍が残っていた』
『轍? 王が人間と一緒に行動してるってことか?』
『偶然かもしれない。は街道に戻ったところで途切れていたから、それ以上は追えていない。おそらくガラクシアの内部に向かったと思われるが、街の中には気配はなかった』
男は不満そうにため息をついた。
『おぬしはいいのう。ちくちくしないんじゃろ?』
『ちくちく? ……ああ、人間の結界のこと? あの程度で僕を止められるわけがないだろう』
ということは、奥の席に座っただけあって、この黒髪の男がこの中で一番強いのか、とノクスは静かに観察した。
もしも強い順に座っているのなら、アイビーがケイと呼んでいた眼鏡の優男と、鬼族と思しき赤い肌の大男が同列、アイビーとエルフ族の男性がその後。床に寝ているライオンと部屋の端でぐずついている謎の物体の序列がわからないが、空いている席が彼らの位置を表すのなら、人魚族の女性よりもライオンかドロドロのどちらかが上。
真剣に考えていると、黒髪の男と目が合った。
『ところでアイビー、彼は?』
『わらわの従者じゃ。……そう言えば、おぬしと見た目が似ておるのう』
『僕は王の側に在るために似た形を取っているだけだ。きみの従者は、元からその形なのか?』
『うむ。なかなか愛い奴じゃろ?』
『強い魔力は感じられないが……。ラウリ、きみの目はどうだ』
そう言うと、黒髪の男はずっと黙っていたエルフ族の男性を見た。
『同じく。正直、人型を取っているのが不思議なくらいの小さな力しか見えない』
ラウリと呼ばれたエルフ族の男は、小さく頷く。アイビーはノクスが魔力を上手く隠していることに満足げに頷き、ノクスは急に注目されて内心で冷や汗を掻きながら、顔に出ないように努めていた。
『……まあいい。アイビーは変なものを見つけてくるのが得意だからな。会議の招集をかけてからしばらく経つが、きみたちのほうから情報はないか?』
『とくにない』
『ないのう』
『ないわねえ』
鬼、吸血鬼、人魚がめいめいに首を振る中、ケイが微笑んだ。
『私はありますよ。――セントアコールの冒険者組合で、おそらくキサが感じたものと同じ、王に似た気配を感じました』
『何! 冒険者組合……? 蜘蛛の現場にも、冒険者がいたな……。王が冒険者と関わっている……?』
『ケイも変わり者じゃのう。中央なんて、ちくちくが酷くて居られたものではないというのに』
『そういうアイビーだって、しばらくサースロッソで遊んでいたでしょう』
『ばれておったか』
『きみたちの娯楽の話はいい。それでケイ、その後は?』
アイビーのせいでちょくちょく脱線する話を軌道修正し、キサと呼ばれた黒髪の男はケイに先を促した。
『サースロッソに来るまでの道でも、二度ほど感じましたね。どちらも点で、微かなものでしたが』
『人間の貴族に紛れるというのも不便そうじゃのう。居場所を常に眷属に教えて、地上しか移動できぬのじゃろ?』
『そうでもありませんよ。こうして、飛んできた者にはわからない情報も手に入りますし』
ケイは柔和な微笑みを浮かべる。魔族が貴族社会にも入り込んでいるというのは、驚きだった。
『……まるで、王も会議に参加しに来ているようだな』
『!』
ぽつりと呟いたライオンの言葉に、キサは赤い目を見開いた。
『そうかもしれない! 僕が会議を開くと聞いて、様子を見に来てくださったのでは!? どこにいらっしゃるのです! 見ておられるのですか!』
言うが早いか椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がり、神殿のような会議場の中を探すべく慌てて出ていった。
『……会議は終わりかの?』
『みたいねえ』
残った魔物たちは顔を見合わせた後、伸びをしたり欠伸をしたり机に突っ伏したり、急にくつろぎ始めた。
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