第51話 王子は魔王の力を知り吸血鬼は笑った

 遠くで聞こえるキサの声をよそに、魔物たちはぞろぞろと会議場を出て行く。

 会議中一言も発さなかったドロドロが人魚族の女性を丁寧に持ち上げて運んでいるのを見て、きちんと知性が備わっているのだなとノクスは感心した。


『この後はどうするんだ』


 再び長い廊下を歩きながら、ノクスは念話でアイビーに訊ねる。


『用事も済んだし、名残惜しいがそろそろ帰らねばなるまい』


 何しろアイビーは、自分が統治する町をひと月も空けている。何でも面白がる楽観的な吸血鬼でも、自分のものとなれば多少は心配するのだ。


『じゃあ、サースロッソに戻ったら解散だな』

『うむ』


 話しながら転移陣へと向かうアイビーとノクスの後ろ姿を、ケイはじっと見ていた。


 そしておもむろに腕を振り、明確な殺意を持ってアイビーに風の刃を放った。


「アイビー、危ない!」


ノクスが咄嗟に庇い、防御魔法で防ぐ。


『……人間語?』

『白い魔力……?』


 突然の騒ぎに前を歩いていたライオンとエルフ族のラウリが振り返り、それぞれに怪訝そうな顔をした。


「しまった」


 アイビーなら少々攻撃されたところで自分で防げただろうに、身体が勝手に動いてしまった。


「やはり。貴方、人間ですね?」


 ケイは微笑みを絶やさずに、同じく人間語で言った。


「噂は聞いたことがありますよ。黒い髪に赤い目。『ガラクシアの忌み子のほう』――ノクス殿下、ですね」


『人間? アイビー! なんで人間なんか連れてきた!』


 ケイの言葉の子細はわからずとも事態を察したライオンが吠えた。


「わはは! バレたなノクス! 逃げるぞ!」

「ええっ!?」


 言うが早いかアイビーはノクスの腕を掴み、転移陣に走り出す。が、しかし。


『止まれ、アイビー!』


 王を探していたはずのキサが、瞬時に二人の前に立ちはだかった。


『そこを退け、おぬしは王を探しておればよかろう!』

『黙れ。僕には会議場を守る義務がある』

『人間を連れて来るなという規則はなかったじゃろ?』

『人間にこの場所が知られたら、すぐに占領されるに決まってる』

『こやつはそのようなことはせぬ。わらわの友達じゃ』

『人間かぶれの言うことなんか信じられるものか』


 なおも引かないキサに対し、アイビーはにやりと犬歯を見せて笑った。


『ならば力ずくで通るだけよ』


 まるでこうなることを望んでいたかのような好戦的な顔を見て、やっぱり付いてくるんじゃなかったとノクスは後悔した。


『そこの人間を守りながら、きみ一人で僕に勝とうって? とうとう頭がゴブリン以下になったのか?』

『馬鹿はおぬしじゃ。見ておらなんだか、こやつがケイの風を弾いたのを』

『!』


 言われて、ハッとノクスを見る。一方のケイはというと、相変わらず微笑んでいるだけだ。どちらかに加勢するつもりも、ノクスを捕らえるつもりもないらしい。他の魔物たちも、ノクスの魔力に気付いて距離を取っている。


「今じゃノクス、行くぞ!」


 二人まとめて相手にするには、とキサが逡巡した瞬間、アイビーは床を蹴り、ノクスを掴んだままキサを飛び越えするりと会議場の外に飛び出した。


『くそッ』


 慌てて後を追い、瞬間的に距離を詰めてくるキサ。すると、アイビーが念話で囁いた。


『ノクス、あやつに何か命令してみろ』

『命令?』

『試したいことがあるのじゃ。何でもよい』


 アイビーの小脇に抱えられるという情けない格好のまま、ノクスは訳も分からず考える。


「命令、ええと……」


 急に言われても思いつかず、目の前にキサの長い爪が迫った瞬間、何故だか農地で飼われている犬の躾のことを思い出し、叫んだ。


「伏せ!」

『なっ』


 ノクスの声が辺りに響くと同時にキサが浮力をなくし、空を掴んだ体勢でノクスから急速に離れていく。


『うわっ!?』


 そのまま地上に叩きつけられて土埃が舞い、先に建物を出て今にも転移陣を踏もうとしていた鬼族は、状況が掴めず飛び退いた。


「わはは! 大成功じゃ、ノクス!」

「……どういうこと?」


 今までで一番満足そうなアイビーは、混乱しているノクスと共にゆっくりと地上に降り、未だ地面に這いつくばっているキサを見下ろした。


『すぐ側に王の気配があるのに気付かぬとは、側近が聞いて呆れるな』


 屈んで顔を覗き込み、にやにやと笑う。


『ぐっ……! 何故、人間が……』

『それはわらわにもわからぬ。じゃが、王の力は確認できた』

「王の力?」


 もはや念話することも忘れて、ノクスは大量の疑問符を浮かべたままアイビーに訊ねた。


「おぬしも知っておるじゃろ? 王は全ての魔物を従えていたと。それは人間のように、戦ってねじ伏せたり言葉で諭して従えたわけではない。――『強制的に従わせる』こと自体が、王の力じゃ。今のおぬしのようにな」

「……」


開いた口が塞がらなかった。他の魔物たちも一様に呆気にとられている。唯一ケイだけは、微笑みを絶やさず静かに成り行きを見ていた。


「いやあ、面白いことになったのう! これだから人間は良い!」


 満面の笑みを浮かべて勝ち誇る吸血鬼だけが、この場における勝者だった。

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