第52話 王子も魔物たちも困惑した

「では今度こそ帰るか、ノクス」


 会議の面々を出し抜いて満足したアイビーは、会議場にはもう興味がないと言わんばかりに転移陣へと歩いて行く。ノクスは慌てて後を追った。


『待て、アイビー! もう少しマシな説明をして行け! その人間は何なんだ!?』


 勝手に自己完結している吸血鬼の背に向かって、地面に縫い付けられたままのキサが喚く。


『私がお答えしますよ、キサ』


 ケイがキサの顔の側に屈み、微笑んだ。こちらも面白いことになったという感情を隠さない。


「ノクス殿下、彼への命令を解いてくださいませんか。このままだとずっと突っ伏したままです」

「あ、ああ。……解除ってどうやるんだ?」

「適当に命令し直せばいいじゃろ?」


 アイビーが首を傾げ、


「『伏せ』だから『よし』とか?」


 ケイは本当に適当に提案した。


『僕を犬みたいに……!』


 キサが凶悪に睨み付けたが、ケイは全く意に介さずくすくすと笑う。


「ええと……、『立て』?」


 さすがに『よし』はあんまりかと、ノクスは無難な単語を選んだ。

 ようやく身体の自由が利くようになったキサが、よろよろと立ち上がる。屈辱を受けても尚、気丈に姿勢を正した。


『どういうことだ、ケイ。この人間のことを殿下と言ったな』


 気を取り直して、不機嫌そうに腕組みをして訊ねる。


『ええ。アコール王国の現王弟、エドウィン・ガラクシア公爵のご子息で、王位継承権第四位。巷では「忌み子」と呼ばれているノクス王子殿下です』


 人間の貴族に紛れて首都で暮らしているというケイは、ノクスが捨てたい肩書きばかりを嫌がらせのように羅列した。


『……アコールの王子が、どうして我が王の力を使えるんだ』

『アコールの貴族の間には、時々こうして王と同じ髪と目の色をした人間が生まれるのですよ。言い伝えや研究では、「魔王の呪い」だとされています』


 話を聞くほどに、キサの眉間のしわが深まっていく。


『呪いで、王の力を使えるようになったというのか?』

『推測ですが』


 キサの問いに、ケイはゆっくりと頷いた。


『とは言え、今までに呪いを受けた者は王の力どころか、人間の魔術すらまともに使えず早世しています』

『じゃあ、こいつは?』

『特例でしょうね』「故に私は、殿下に興味があります」


 途中から、ノクスに話しかけるために人間語に切り替えた。器用な魔族だった。


「アイビー、もしかして全部知ってたのか?」

「うゅ? 何のことじゃ?」

「そういうのいいから」


 急にぶりっこをしてしらを切ろうとしたアイビーに、ノクスはため息をつく。


「全て知っているわけではない。王の眷属だったお祖父様から、王の力の話を聞いたことがあるだけじゃ」


アイビーはぶりっこが通用しないノクスに不満そうに口を尖らせながら、ぼそぼそと答えた。


「それだけでどうして、俺がそれを持ってるって?」

「初めて会った時、わらわに命令したじゃろ?」


 そう言われて、ノクスは山でアイビーと遭遇した時のことを思い返す。確かに、西に住むという吸血種の最上位種がどうして南に向かっているのか知るために、「教えろ」と命令した。


「後になって、どうしてあんなにぺらぺら喋ってしまったのか不思議に思ってのう。もしやと思っておったのじゃ!」


 更に、アイビーはその後に追加された「人間のルールに従え」という命令に従い、殺しや盗みのような、人間社会で断罪されるような悪さはしていない。――できないように縛られている。


「他には? 俺、何か変な命令をしてないか?」


 すると、アイビーはすぐに首を振った。


「わらわの見ていた限り、ノクスは親しい者にはほとんど命令せぬ。せいぜい『してくれ』と頼む程度じゃ」

「……そうだっけ」


 言われてみれば、ナーナやパスカル、ジェニー、そしてサースロッソの人々にも、強い口調で何かを指示した覚えはない。それ以外の相手とはほとんど会話をしない。王族でありながら、ノクスには他人に何かを命令する機会が極端に少ない。故に今まで力が顕在化しなかったのだ。


「お話し中のところ失礼します、ノクス殿下。会議中に、我々が王の気配があったと言った場所に、心当たりは?」


 ケイが優雅な貴族の振るまいのまま、口を挟んだ。ノクスは頷く。


「正直に言うと、ある。ドットスパイダーがいた場所の側にも行ったし、サースロッソに来る前に首都の組合にも寄った」


 ドットスパイダーを倒したとは言わなかった。あれはアストラ名義での仕事だ。ケイの底知れ無さを見るにとっくに情報は掴んでいるかもしれないが、下手に認めてやることもない。


「では、それらの気配も殿下のもので間違いないでしょうね。キサ、めでたいことではありませんか。王が帰ってきたのですよ」

『ぼ、僕は認めない! 人間なんかが王の力を使うなんて!』


くわっと言い返すキサの口から尖った犬歯が光る。それでも攻撃してこないのは、その身で確認した力を再び行使されることを恐れているからだ。


「相変わらず、頭の硬い男じゃのう。まあよい、後のことはケイのほうが詳しかろう。ノクス、行くぞ」


 今度こそ、これ以上の引き留めは受けないという冷ややかな眼差しをキサに向け、アイビーはノクスの腕を掴んで転移陣を踏んだ。

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