第49話 魔物たちは会議に集った
月のない夜はどこまで行っても暗く、方向感覚を失いそうになる。
「アイビーは、暗闇でもちゃんと見えてるのか?」
「もちろんじゃ。そうか、人間は暗いと目が見えぬのじゃな。おぬしが人間離れしているせいで忘れそうになる」
「それ、俺のせい?」
言っている間に、パッと視界が明るくなった。さすがに昼間ほどではないが、アイビーの髪や目の色の判別がつく。
「さすがに気配を消したまま魔術は使えぬか?」
「そこまでは無理かも」
気配を消す間の魔力の流れがどうなっているのかはわからないが、潜んでいる間は防御魔術も解除される。瞬時に発動できるので反撃されても問題はないが、万が一に備えてそういった練習もしておくべきかと、ノクスは新しい課題に加えた。
「おお、見えたぞ。あれじゃ」
アイビーが指さす先、海の上にぽつんと島が見えた。
「あれが会場?」
上から見ても、集まって何かをするような雰囲気はない。本当にただの無人島だった。
「の、入り口じゃ」
アイビーは、慣れた様子ですいーっと高度を下げる。と、ノクスの身体もその後を付いて行くように高度が下がった。
見た目には、波に削られて海から船で来ても上陸できない孤島に見えた。が、近づいてみると、茂った木々の中に四角い人工物が見える。
「……転移陣?」
それは、迷宮の出口と同じ形をしていた。
「……まさか、迷宮を作ったのも魔族ってこと?」
「さあのう。この入り口が、わらわが生まれるよりもずっと前からここにあるということしか知らぬ」
ふわりと降り立つと、やはりどう見ても転移陣だった。しかし通常は迷宮の中にあるもので、こんなに地上にむき出しになっているものは見たことがない。しげしげと眺めていると、
「なんじゃ、入り口の作りまで気になるのか? また見に来ればよかろう」
「いつでも来られるの?」
「空さえ飛べればな」
それを聞いて、ノクスは一旦転移陣を観察することを諦めた。
「では行くぞ!」
ピクニックにでも行くような気軽さのアイビーのおかげで、ノクスの緊張は少しほぐれた。
「はい、アイビー様」
恭しくお辞儀をして、エスコートするように手を取ると、アイビーは満足げに頷いて一歩踏み出した。
*****
次の瞬間には、神殿のような建物の前にいた。――成人の儀の迷宮とよく似ていた。
「こっちじゃ」
細かく観察する暇もなく、勝手知ったる様子でさっさと先導する。と、
『話す時は念話が良かろう。おぬしまで流暢に人語を話すと怪しまれる』
突然、脳内にアイビーの声が響いた。声を出しそうになって、慌てて口を塞ぐ。
『こんなこともできるのか』
『難しくはない。コツさえ掴めば、魔力を知っている相手なら誰とでも話せるようになる』
にやりと笑う。彼女がこうしてノクスに親切にするのも、「人間を魔物の会議に連れ込むスリルが面白いから」なのだろう。
『魔族とか魔物って、どうやって会話するんだ?』
『直接感覚を伝え合うようなものじゃな。それも共有してやる』
傍目には静かに、長い廊下を進むことしばし。巨人用かと思うほどの大きさをした、一際重厚な扉が現れた。
『着いたぞ。会議場じゃ』
そう言って、アイビーは扉をポンと押す。と、ゆっくりと両側に開いた。
途端に、室内の視線がアイビー、そしてノクスに集まった。
『チッ、うるせえのが来た』
額に角が生えた赤い肌の大男が、丸い大きなテーブルに肘を突き真っ先に言った。
『アイビー、お久しぶりです』
それから、その隣に座る上品な貴族にしか見えない眼鏡を掛けた優男。
『ケイ! 久しぶりじゃな! 息災か!?』
既知の仲らしい眼鏡の男にアイビーが駆け寄る。見た目が人間に見えるのはその二人だけだった。
『ええ、そちらもお元気そうで何より』
口を開かずに会話する姿に違和感を覚えながらも、ノクスは黙ってアイビーの後ろに立っていた。
『そちらは?』
『わらわの最近のお気に入りじゃ!』
ふふんと胸を張るアイビー。彼女が共を連れていることは珍しくないことが、周囲の反応からすぐにわかった。
『そうですか』
柔らかく微笑んではいるが、ちらりと見やる赤い瞳には何の感情も籠もっていない。人型をしているだけの何かなのだ、とノクスは背筋が冷たくなった。
他に席についているのは、グレーの目をしたエルフ族の男性と、珊瑚のような角を持ち、一枚布でできた服の下から魚の尻尾のようなものが覗いている長い髪の女性。頬や首に鱗が見える。二人とも、アイビーと眼鏡の優男ケイの様子を黙って見ていた。
更にテーブルに着いている面々以外に、床には立派なたてがみを持ったライオンが寝そべっていた。
そして、広い部屋の端のほうに蹲る、どろりとした何か。目がどこにあるのかもわからないのに、見られている感覚だけがある。
『う? 主宰が来ておらぬではないか』
アイビーがきょろきょろと辺りを見回した。確かに、席は八つで今室内にいる数はノクスを覗くと七。
『そろそろではないですか? 王の真似をして、最後に来るのが好きですから』
『そうか、あやつも相変わらずのようじゃな』
アイビーがケイの隣の椅子に腰掛けると、ケイが言った通り、見計らったように扉がゆっくりと開いた。
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