第48話 王子と吸血鬼は会議へ飛び立った
「……ところで、さっき言ってた、会議ってなんすか」
応接室を出ながら、アイギアが不意に訊ねた。
「もうすぐ、魔物の上位種とか魔族とかが集まる会議があるんだって。サースロッソの海上で」
「……ええ……」
なんでそんな重要なことを今更平然と言うんだ、とアイギアは少し引いた。が、吸血鬼と『友達』になれる人間に常識を求めるほうが酷か、と術具研をまとめる変わり者耐性の高さで思い直し、ため息をついた。
「……それで最近、防衛塔から妙な反応の報告が上がってたんすね……。忙しくなるんで、やめて欲しいっす……」
「作った術具が正常に反応しとるということじゃろ? 働き甲斐があるではないか」
「何事もないのがいいんすよ、防衛塔は特に」
防衛術具塔が暇だということは、それだけサースロッソが平和だということだ。
「他の出席者も集まってきてるってことか。会議の詳しい日程は?」
「次の新月の夜じゃ。海が真っ暗になるから、飛んでいっても目立たぬじゃろ?」
それもまた、魔王がいた頃からの伝統らしい。
「……次の新月……。っていうと、来週末っすね……。てことはそれまで他の塔は忙しいっすよ。調査とか整備とかで」
昇降機に乗り込み、操作盤で第一研究室に向かいながらアイギアが言った。
「だってさ、アイビー。他の塔は見学できなさそうだ」
「うゅ……」
ノクスと一緒に見学する気満々だったアイビーは、肩を落とした。
「……魔法で何でもできるんだから、人間の術具なんて、見ても面白くないでしょう……」
「そうでもない。人間は妙な魔術を考えつくから、わらわたちも逆に真似をするのじゃ」
結界を見て日光を遮る防御魔法を思いついたように。
「……てことは、迂闊に見せたら、魔族がもっと強くなるんじゃ……」
「アイビーに見せるのは、生活術具塔だけにしとこう、やっぱり」
「……っすね」
「そんなぁ」
アイビーの情けない悲鳴とほぼ同時に、昇降機は目的の階に着いた。
*****
それから会議が始まるまでの日々は、何もないことが逆に不安になるくらい穏やかに過ぎた。
アイビーは「兄同様に魔術に長けていて、魔物にも詳しいノクスの妹」として術具研の職員たちに受け入れられ、楽しそうに過ごしている。
アイギアは目の扱いを練習しながら、引き続き炊飯器やその他の術具の研究をしている。
そしてナーナは、ノクスがまだ見ていないサースロッソの美しい景色や珍しいものをせっせと探しては連れて行き、ノクスはナーナが紹介してくれた景色を一緒に眺めたり、食事や文化に驚いたり、術具研に顔を出しては職員たちに囲まれたりと、サースロッソの生活を目一杯楽しんだ。
――ずっとこのままならいいのに、という気持ちとは裏腹に、新月の夜はやってくる。
「まさか、仕立ててもらった礼服を初めて着る機会が、魔物の会議になるとは」
「よくお似合いですよ、ノクス様」
礼服から装飾を減らして地味にして、フリルドレスのアイビーと並ぶと、本当にどこかの令嬢とその従者のようだ。『人間かぶれ』のアイビーが連れて行くお共としては、この上ない擬態だった。
「くれぐれも、お気を付けて」
「うん、ありがとう」
「案ずるな! ノクスは強いし、何かあっても、わらわが守ってやる!」
「……はい。アイビー様、ノクス様をよろしくお願いいたします」
引き留めたい、それが無理なら付いて行きたいという気持ちを押し殺し、ナーナは努めて冷静を装った。
「ノクス殿下、ちゃんと帰ってくるんですよ! 娘を泣かせないでくださいね!」
「……ご無理はなさらずに」
「はい」
夫妻も見送りに出てきて、それぞれの言葉で心配する。本当に温かい場所だなと、ノクスは微笑んだ。
「では行くぞ、我が従者!」
「よろしくお願いします、アイビー様」
気取って恭しく頭を下げると、アイビーは満足げにパチンと指を鳴らした。
「うわっ」
途端にノクスの身体が浮き上がる。
「今のおぬしは魔族じゃ。当たり前のような顔をしておれ!」
腕を引っ張り上げられると、明かりの灯ったサースロッソの屋敷は瞬く間に遠くなった。
「……」
月のない夜に、ぽつぽつと地上に見える明かりは星のようだった。
「美しい町じゃ」
「……うん」
まだ来てからひと月も経っていないのに、ノクスはすっかりサースロッソの町が好きになっていた。
既にガラクシアの使用人たちの顔はパスカル以外思い出せないが、サースロッソで出会った人々の顔は鮮明に浮かんでくる。帰りを待ってくれている人がいるというのは、不思議な気分だった。
会議で問題を起こせば、自分だけでなくサースロッソにも危険が及ぶ可能性がある。しくじってはならない。
「そうじゃ、エルフが来ると言ったじゃろ。できる限り魔力を隠して弱そうにしておれ」
「え、どうやって?」
「こう、ギュッと小さくしたり、薄れさせたり、あるじゃろ」
アイギアに目の使い方を教えた時にはあんなに頼もしかったのに、あまりにも説明が下手だった。
「気配を消すってこと?」
すぐに思いつくのは、ラノとのかくれんぼや冒険者業で培った、人からも魔物からも気取られないように隠れる方法。試しにやってみせると、
「それじゃ!」
「これ、魔力を隠してたのか……」
できる限り自分の存在感を薄れさせることは、ノクスが魔術を覚えるよりも前、最初に編み出した身を守る術だった。
「……指示しておいてアレじゃが……。よくもまあ、あの魔力を『なかったこと』にできるもんじゃな……」
アイビーが素直に感心している声は届かず、ノクスはもはや宙に浮いていることも忘れて、早速「気配消し」の応用方法を考え始めていた。
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