第78話 王子と姫はそれぞれに気付きを得た

 ノクスとモリーが何やら真剣に話し合っているのを、ナーナは調理の合間にちらちらと見ていた。モリーはグレアムと良い仲のようなので、きっと迷宮に関することだろうと思いながらも、ノクスがほかの女性と話をしていると、つい気になってしまう。自分は案外嫉妬深いのだなと、今更気付くナーナだった。


 一方のノクスは、ナーナの気持ちなど全く知らないまま、モリーに相談していた。


「やっぱり、景色が綺麗なところとか、プレゼントとかって、大事ですか?」

「まあ、迷宮の中で死にかけてる時に言われるよりはね」


 今まで、そういったことを相談できる相手がいなかった。ジェニーに聞けば何かしらの答えはくれるだろうが、合理的な考え方をするタイプなので、一般論から少し外れる回答をすることも少なくない。


「ナーナって、あたしみたいに思ったこと何でも口に出す子じゃないみたいだしなあ。好きなものとかも、あんまり言わないんじゃない?」

「そうですね。聞いてもはぐらかされます」


 ナーナはノクスへの好意は隠さないが、彼女自身の好みについてはほとんど話さない。


「実は甘い物が好きっぽいのと、貴族らしい装飾の多い服は好きじゃないってことくらいしか……」


 コーヒーや紅茶に砂糖を多めに入れたり、カフェでは一番甘そうなケーキを注文したりと、意外と甘味を好んで食べることには、サースロッソに来てから気付いた。思い返せばガラクシアにいた頃から率先して茶菓子に手を出していたし、甘みの強い『おいしい回復薬』も気に入っていた。隠しているというわけではなく、自覚していない可能性のほうが高い。


「ふーん? そういうの、言わなくても気付いてもらえるのは嬉しいかもね」


 モリーは初々しい悩みに、にやにやと口角を上げている。


「でも、言わないってことは、そういう気遣いは求めてないってことかもしれないし。自分の理想よりも、彼女のことを考えてあげるのが一番だよ」

「そうですか……」


 ナーナのことを考えて、と言われて、ノクスはますますわからなくなった。ナーナは何をしたら喜んでくれるのだろうか。今までに彼女が喜んでくれた時のことをなんとか思い出そうとしていると、モリーはあははと快活に笑った。


「羨ましいなあ、グレアムは言ってもわかってくれないこと多いから」

「おう、何話してんのかと思ったら、俺の悪口か」


 伯爵との話を終えたグレアムが、寄っていくなり聞こえた自分の名前に口を尖らせた。


「そうだよ、アンタにプロポーズされた時のこと、ノクスに愚痴ってたんだ」

「話したのかよ! ……はあ、仲が良さそうで何よりだ。ノクス、嬢ちゃんを一人にしていいのか」

「あっ」


 振り返ると、モリーの楽しそうな笑い声を聞いてまた階段側の様子を気にしていたナーナと、ちょうど目が合った。ぎこちなく、ナーナの元に戻るノクス。


「ごめん、ナーナ。火の番を任せちゃって」

「構いません。随分話し込んでおられましたが、何か深刻な事態でしょうか」

「いや、別に! 煙と匂いに釣られて、下層から魔物が登って来ないか少し心配だっただけ」


 ナーナへのサプライズを一緒に考えてもらっていたとは言えない。もちろんナーナはそれだけではないなと勘付いたが、ジトッと見つめるだけにしておいた。


「ちょうど、野菜煮込みもお魚も、良い具合になったところです」


 気が散りながらも仕事はきちんとこなしていたナーナによって管理された魚は、程よく火が通り、パリッと香ばしく焼けていた。

 笑顔で受け取りに来た面々に配り、昼間よりも打ち解けた夕食が始まる。


「うん、美味い!」


 地面にあぐらを掻き、早速魚に齧り付いたモリーは上機嫌だ。


「酒が欲しくなるな……」


 隣でぼそりとグレアムが言い、


「同感です」


 パーティーメンバーよりも先に、伯爵が頷いた。さすがに齧り付く食べ方には慣れていないので、串から外して皿に盛ったものを、箸で食べている。


「ん? 伯爵、実はいけるクチか?」

「ええ、皆さんの怪我が治ったら、一杯やりましょう」


 美味しい食事を前にすると、会話も弾む。グレアムパーティーと伯爵も、主従関係が薄れ、より一層打ち解けていた。


「ナーナ、どうしたの」


 美味い美味いと、朗らかに食べ進めているパーティーメンバーをじっと見ているナーナに、ノクスは尋ねた。


「……いえ、お役に立てたようで、良かったと思っていました」


 普段は一流の料理人が作った食事を食べているせいで、ナーナは自分が料理が得意だと思ったことがなかった。


「作った料理を美味しそうに食べていただけるのは、嬉しいものですね」


 特に表情を変えることもなくぽつりと言って、小さな口で魚を食む様子を、ノクスはぽかんと口を開けて見ていた。

 ガラクシアを出た頃は、大衆食堂のメニューにも恐る恐る挑戦していたナーナだが、旅の間に野営飯も抵抗なく食べるようになった。ぺろりと口元の脂を舐める姿に、見てはいけないものを見た気がした。


「食べないのですか」

「あっ、うん」


 自分の食事に慌てて戻りながら、話題を変える。


「そういえば、料理人は火属性に適性がある人が多いんだって」

「そうなのですか」

「うん、パスカルも、火属性しか使えないって言ってた」


 父親代わりだった料理人のことを思い出す。ノクスが魔術の勉強を始めた頃、「火属性ならそこそこの威力が出せるが、全開にすると何でも黒焦げにしてしまうから使う機会がない」とぼやいていた。


「適性がある属性は、日常でも関連するものの扱いが上手い人が多いって話を聞いたことがあるよ。水に適性がある人は、泳ぐのが得意とか」

「では、船乗りや漁師も水属性の方が多いのでしょうか」

「漁師は水かもしれないけど、船乗りは風のほうが多いんじゃなかったかな」


 面白いことを調べる研究者がいるものだと、興味深く文献を読んだ覚えがある。


「どの属性にも適性があるノクス様は、どうなるのでしょう」

「逆に、どれにも適性がないのかも」


 ノクスの魔力は、何にでも変換できる代わりに何にも特化していない魔力と言えた。魔力量が多いおかげで適性がある魔術師よりも高い威力が出せるというだけで、同じ量の魔力をぶち込める特化型の魔術師がいたら、おそらく威力は劣るだろう。などと考えていたら、ナーナが首を傾げた。


「でしたら、魔術が得意ということでいいのでは?」

「そうだといいなあ」


 言いながら、一旦魚を皿に置き、入れ替わりにトマトスープの野菜煮込みを手に取って、一口頬張った。


「うん、美味しい」


 ナーナが用意した食事を口にする度に言う、いつもの短い言葉と笑顔。やはりノクスに褒められるのが一番嬉しい、と思いながら、ナーナも魚を置いてスープの器を持ち、小さめに切ったじゃがいもを頬張った。

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