第79話 偽学者は疑われていた

 食事の後は早めに寝ることになった。ノクスが魔術収納から人数分の毛布を取り出すと、グレアムたちはまた引いていた。


「まさか、家まるごと入ってるんじゃないだろうね」


 モリーが呆れ、


「……」


 ナーナの快適さを勝手に追求した結果増えた家財道具のバリエーションからすると否定できない。代わりに


「ベッドも出しましょうか。床が硬くて寝づらいんじゃないですか」

「アンタなしで仕事ができない身体になるからやめて」


 中空に手を突っ込んだノクスを、モリーは慌てて止めた。


「毛布だけでもじゅうぶんだよ。ベッドはアンタら二人だけ使いな」


 伯爵だけでもどうかと視線をやるが、同じく辞退された。ネイトは少し羨ましそうにしていた。


 結局、ノクスたちもベッドは使わないことにした。しかしグレアムたちに加え伯爵までもが夕飯をご馳走になった代わりに見張りは任せろと言うので、遠慮なくさっさと横になる。ナーナがここぞとばかりに密着しにきたせいでノクスはしばらく眠れなかったが、一日の気疲れもあり少し経つと動かなくなった。


「あの二人、寝るときも帽子を外さないんだね」


 前半に見張りをしていたネイトに起こされたモリーが、すやすやと寝息を立てている若い二人の様子を見て小さな声で言った。ノクスとナーナは、認識阻害の掛かった帽子で顔を隠すようにして眠っていた。


「そうだな……。ちょっと外してみたいよな」


 同じく伯爵に起こされたグレアムがほんの悪戯心で近寄ると、例によって障壁に阻まれた。術者の意識がないにもかかわらず二人を守る結界のような魔術が展開しているのを見て、寝ようとしていたネイトも驚いている。


「……伯爵、こいつら本当に学者か?」

「ええ、まあ……。そのように聞いています」


 正体を言うわけにはいかない伯爵は曖昧に頷くしかなかった。


***


 硬い床で寝たせいでいまいち疲れが取れていない様子のナーナにノクスが治癒魔術を掛けてやり、また二人で朝食を提供した。


「美味い……。こんな楽な旅を知ったら本当にダメになる。良くない」

「でかい魔術収納を持ってる奴って、いくらあれば雇えるんだろうな……」

「至れり尽くせりですね」


 グレアムパーティーは各々深刻な顔で呟きながら、ナーナがフライパンで作った焼きたてのコーンブレッドを頬張っていた。


 朝食を終えて階下へ進むと、また迷宮の様子が変わった。圧迫感のある通路ばかりだったのが、正方形の部屋が連なる建物のような形になったのだ。次の部屋への入り口は一人ずつしか進めない幅しかなく、探知ができなければ死角から不意打ちされる可能性が高い。しかも一つの部屋に二つ、三つの出入り口がある部屋も多く、正しい道を知らなければ進んだ先が行き止まりで無駄骨になる。やはり創造者の性格が悪いなと思いながら、ノクスは何度も来て最短の道を知っているグレアムに声をかけた。


「グレアムたちが遭遇した魔物について、詳しく聞いてもいいですか?」


 元々は戦力外として付いてきた都合上あまり深く聞けなかったが、そろそろ頃合いだろう。すると急に空気が重くなる。


「俺たちも、よくわからんってのが本音だ」


 グレアムは肩を落とした。受けた傷を思い出して腕の包帯をさする。


「大きさとか、どんな魔法を使ってくるとかは?」

「最初は小さくて黒いもやもやが浮いてるだけだったんだ。それが攻撃を仕掛けた途端に、燃え上がるみたいに天井に着くくらいの大きさになって」


 モリーが手で示した大きさは、ほんの一抱えほどだった。ネイトが続ける。


「横殴りの雨のような細かい粒になって攻撃してきました。それでギュンター……。私たちのパーティーの前衛が対応できなかったんです」


 前衛は盾を駆使してほかのメンバーを守るが、守れる範囲を超えた攻撃が降り注いだのだ。盾は壊れギュンターは大怪我を負い、グレアムたちも傷を負いながらどうにか逃げ出した。


「上の階までは追ってこなかったんですね」

「ああ。だから今回もいるとしたら十三階だと思う」


 答えながら、グレアムは部屋に入るなり飛びかかってきた魔物を一閃する。どうやら魔物たちは所定の部屋の外には出られないようだった。


「パーティーが一人欠けた状態でもう一度挑もうとしたってことは、勝算があるってことですか?」

「確実なもんじゃない。ただ俺たちが深手を負わずに済んだのは、ネイトの障壁があの雨みたいな攻撃でも壊れなかったからなんだ」

「威力はあるのに、魔術障壁には効果が薄いってことですか……」

「それに、もやの中に核みたいなものが見えた。あれが壊せれば勝てるんじゃないかと思ってな」


 そしてグレアムは昨晩見た自動障壁を思い出しながらノクスを見る。


「学者先生としては、心当たりは?」

「……聞いた限りで一番近いのは、ウィスプですかね」


 ウィスプは心残りを持ったまま死んだ者の魂が現世に残り、何かを媒体にして魔物化したものだと言われている。鬼火とも呼ばれ、火や雷による攻撃をしてくるものが多い。


「ウィスプならあたしたちも見たことあるよ。でも光ってなかったし……。そもそも、あれって墓場とか水のそばとかに現れるやつだろ?」


 青白かったり赤かったりと色の違いはあっても、ウィスプはその特性から発光しているというのが通説だ。だが、ノクスは首を振った。


「あの光の色は炎を使うか雷を使うかっていう性質を表してるだけなので、迷宮の特殊な環境なら光らない個体がいるかもしれません。墓場や水のそばに現れるのが多いのは、単にそういった場所は死者が多いからなんです」


 少しためらった後、続ける。


「迷宮での死者の数は墓場に埋まってるよりもずっと多いですから。迷い込みやすい形をしてるならなおのこと。しかもきちんと弔われることが少ないので、ウィスプが発生しても不思議はありません」


 迷宮の内部で生物が死んだ場合、一定時間が経つとその遺体は跡形もなく消えることが知られている。どこに行くのかは解明されていないが、もし迷宮の一部となっているならウィスプになっている可能性はじゅうぶんにあった。

 淡々と説明する中、集まる視線に気付いてノクスは首を傾げる。


「どうしました?」

「……いえ、本当に迷宮に潜り慣れていらっしゃるのだなと……」


 代表して答えた伯爵が、一行の中で一番困惑していた。ノクスが魔術に長けていることを見越して付いてきてほしいと頼んだのは自分だが、まさかここまで頼りになるとは。


「迷宮学者ですから」


 はは、と笑うノクスに、もはやその場の誰もが『嘘つけ』と思っていた。

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