第18話 王子兼魔術師はついでに依頼を受けることにした

「なんでこんなことに」


 ノクスはいつも通り、一般任務が貼り出されている掲示板から適当な魔物の討伐依頼を見つけて、受付に持って行っただけだ。道中で任務をこなし、次の宿場町にある支部で報告する、簡単な手続きのはずだった。


 ところが冒険者証を見た受付係が慌ててどこかに連絡し、奥から明らかに上司と思われる男性が出てきて、丁重に奥に案内されたのだ。


「何をしたのです?」

「何もしてないって……」


 ひそひそと小声で会話していると、静かに応接室の扉が開いた。


「お待たせしました」


 現れたのは、まるで貴族のようなきっちりとした身嗜みの、初老の男性だった。


「魔術師のアストラ様ですね。わたくしはガラクシア支部の支部長、ドルクと言います」

「……何かしたっけ……」


 物腰は柔らかくとも腕の立つ冒険者であることが窺える鋭い眼光に、ノクスは更に疑問符を増やした。


「お連れ様共々、お時間を頂き大変申し訳ございません」


 紳士的な支部長ドルクは、ナーナにも深々と頭を下げる。


「この度はどうしても、アストラ様に依頼したい案件があり、こうしてお願いに参りました」

「俺に? 指名依頼ってこと?」


 冒険者は、以前依頼を受けた相手がリピーターになったり、口コミで名前が広まったりして、名指しで依頼されることがある。


「いえ、指名ではないのですが……。赤五つの魔術師の腕を見込んでぜひと」

「赤五つ?」


 首を傾げたのは、ナーナだった。


「『功績』って言って、実績に応じて冒険者証に付く宝石の数のこと」


 ノクスは小声で説明しながら、ナーナにカードを渡した。


「確かに、赤い石が五つ付いていますが」

「これが何か?」


 二人して疑問符を浮かべている若者を見て、ドルクは逆に訊ねた。


「もしかして、石の意味をご存知ないのですか」

「この石が貴重で、冒険者証を返上する時に換金できるってことは知ってるけど」


 特に赤い石はレッドバケーションと呼ばれ、カードに付いた小粒一個でも平民がひと月暮らせるほどの価値がある。それを聞いたノクスは、石が貰えそうな難易度が高い依頼ばかりを狙って受注していた。


「……」


 するとドルクは何か言いたげな顔をした後、咳払いをして続けた。


「功績の数と色は、その冒険者自身の力を示す指数となります。……五つ持ちは、冒険者組合発足から数百年の歴史でも、片手で数えるほどしかいません」

「えっ」

「まあ」


 ノクスは単純にそうだったのかと驚き、ナーナは内心でとても喜んだ。登録している名前は違えど、ノクスが数百年に一人の逸材であることが証明されたわけだ。


「赤、青、緑とある三種類の功績の中でも赤は魔物退治のエキスパートで、昔は勇者などと言われた方もいましたが……。魔術師での赤五つは、アコールの初代国王以来です」

「初代国王って、冒険者だったのか」

「ええ。この周辺を根城にしていた魔物の王を倒し、人間の国を築いたと言われています」


 アコールの歴史についての教育を受けているナーナもそんな話は聞いたことがなかったが、言われてみれば、アコール王国は周辺諸国の中では冒険者の地位が高いほうだ。

 貴族の中には根無し草の冒険者を良く思わない者も多いので、王家が神格化されていくうちになかったことにされたのだろうと推測した。実際その通りだった。


「それで、俺に受けてほしい依頼って何なんだ」


 ノクスも、国の成り立ちには興味がない。先を促した。


 普通の冒険者は名誉や名声のために活動している者も少なくないので、初代国王と同格と言われたら少しくらいはいい気分になるものだが、あまりにも興味がなさそうな様子にドルクはまたしてもペースを崩されていた。


「……こちらです」


 やりづらいな、という気持ちを表には出さず、懐から依頼内容が記された書類を取り出して渡す。

 ノクスが確認し、ナーナも横から覗き込む。


「魔物の巣の駆除、ですか?」


 内容は、ガラクシアと首都を繋ぐ街道の近くに形成された魔物の巣を除去してほしいという依頼だった。


「ドットスパイダーか……。確かにちょっと面倒だな」

「ええ……。それもかなり大型で繁殖スピードが速く、最近は街道沿いに現れる子どもを駆除するだけで手一杯になっていて。根本的な解決ができる冒険者を首都本部に要請するところでした」


 それから、ドルクはちらりとナーナを見る。


「そちらのお嬢様の護衛任務中のようですので、ご無理は言えないのですが」


 いくらナーナが冒険者と同じ格好をしていても、熟練の冒険者が見れば、その身のこなしや振る舞いから冒険者でないことはすぐにわかる。


「アストラが引き受けるというのでしたら、私は少し遅れるくらいは構いません」


 何ならノクスがアストラとして仕事をしているところを見てみたいと、ナーナはフードの奥をちらりと見た。


「場所は?」

「次の宿場までの道を、西に逸れた渓谷です」

「あそこか。なら、ついでに行けるな……」


 ノクスは大体の場所を思い浮かべ、顎に指を添えて唸る。ついでという言葉にドルクは複雑な顔をした。


「またここに完了報告に来るのは面倒だから、組合の人間に見届けてもらって、後処理も任せたい。それから、報酬は次の宿場で受け取るようにできるか?」

「引き受けていただけるのでしたらなんなりと!」


 とにかく気が変わらないうちに引き受けてもらわねばと、ドルクは二つ返事で頷いた。


「じゃあそれで。今から出発する」

「い、今からですか?」

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