第17話 メイドは冒険者の仕組みを少し学んだ

 朝食を食べ終わり店を出る頃には、雑貨屋なども開いている。適宜買い物をして、必要なものが揃った頃、ナーナは訊ねた。


「他には、どこか寄る場所はありますか?」

「冒険者組合で適当な依頼を受けたら、ガラクシアでの用事は終わりかな……」


 ちょうどいい依頼があればいいが、と公的機関が集まる広場のほうへちらりと顔を向けたノクスに、ナーナは不思議そうに訊ねた。


「依頼を受けるのですか? 旅費なら十分にありますが」


 忌み子が真っ黒な髪をしているという噂は、屋敷を離れるほど薄れる。できる限り早急に離れたいはずなのに、どうして寄り道をするのかとナーナは不思議に思った。

 ノクスはそれよりも『旅費が十分にある』という言葉で、あることを察した。


「……もしかして、あの鞄の中身って」


 声を低くしてひそひそと訊ねる。すると、


「主に四年分のお給料が現金で入っています。使い道がありませんでしたので、ほとんど手つかずのままです」


 ナーナは何でもないことのように頷いた。


 それから、


「もちろん着替えや日用品も入っていますよ」


 と付け加えた。


「道理で重いと思った……」


 ナーナは特別待遇のメイドだ。二束三文でこき使うわけにはいかない。それなりの金額が支給されているはずだった。


「ナーナ、町ではあんまりお金がある素振りを見せない方がいい。人が多い所には、変な奴も多いから」


 再びひそひそと言う。ナーナが旅に慣れていないお姫様だとわかったら、どんな奴が寄ってくるかわからない。


「値切れそうなものは値切る、必要以上に高級なものを買わない。……まあ、ナーナの装備が上等なのも真新しいのも、見る奴が見ればわかるから、既に目を付けられてるかもしれないけど」

「……わかりました」


 警戒しろということだ。ナーナは神妙に頷いた。

 それから、ノクスは元の声量に戻り、広場に向かって歩き出しながら続けた。


「依頼を受けるのは、お金だけが目的じゃないよ」

「と言いますと?」

「冒険者組合は家無しでも身分を保証してくれるけど、何の実績もない奴をいつまでも保証してくれるわけじゃない。定期的に働かないと登録が抹消されて、冒険者証が身分証として使えなくなるんだ」


 宿で見せたカードを魔術収納から再び取り出し、ひらひらと振ってみせるノクス。


「意外ときっちりしているのですね。誰でもなれるのかと」


 冒険者は貴族とは正反対と言ってもいい、不安定な仕事だ。依頼をする以外ではあまり関わり合いになりたくないというのが、貴族からの冒険者に対するイメージだった。


「うん、基本的には名乗れば誰でもなれるし、組合の登録を抹消されても、冒険者でなくなることはない」


 冒険者は、魔物の害から人々が身を守るために民間から自然発生した職業だ。しかし冒険者を名乗る人間の増加に伴い、様々なトラブルが発生するようになる。


 一つは、身の丈に合わない依頼を受けて命を落とす者、前金だけ貰って行方をくらます者など、冒険者の質の低下。

 もう一つは、難癖を付けて契約賃金を払わない者や、不当に安い金額を提示する者など、依頼者の横暴。


 個人で活動するには安定した依頼の受注や依頼人との交渉に限界がある。依頼人としても、個人の評判を一つ一つ調べるのは手間だし、粗悪な冒険者には依頼したくない。

 双方のニーズが噛み合った結果設立されたのが、その仲介をする冒険者組合という団体だった。


「何かと便利だから入らない理由もないし、今じゃ組合員は世界中に数十万人、どうかすると百万人以上いるって噂」

「所属する組織の成り立ちまでご存知なんて、素晴らしいです」


 ナーナはすかさず褒めた。


「興味本位で調べただけだって……」


 毎回固まっていてはナーナの思うつぼだと、気を取り直して言い返すノクス。しかしナーナは、それすらもどこか嬉しそうだった。


「まあ、そういうことだから。特に事情がなければ、三十日に一回は何らかの依頼をこなさないといけない決まりになってるんだ」


 つまりサースロッソに着くまでに、最低でも一、二回は依頼を受ける必要があった。


「道中どんなトラブルがあるかわからないだろ。依頼を受けられる時には受けて、更新しておいたほうがいい」


 そう言うと、ノクスは収納から細かい装飾の施されたフード付きのローブを取り出した。慣れた様子で羽織り、フードを目深に被る。


「ノクス様?」

「ここからは、アストラだ」


 見えづらくなった表情の下で、ノクスは口元に人差し指を立てた。


「それは、変装ですか」

「うん。このローブには、顔の認識を阻害する魔術が掛けてある」


 黒髪赤目という珍しい色合いと、市井でも人気の王子であるラノそっくりな顔を隠すための簡単な変装だった。初めは仮面でも付けるかと思ったこともあったが、視界が狭くなって邪魔なので諦めた過去がある。


「……わかりました、アストラ」

「まあ、ナーナもいることだし。簡単な依頼にしておくよ」


 言いながら、冒険者組合ガラクシア支部の重厚な扉を押し――。



 ――十数分後には、何故かナーナ共々、組合の応接室に通されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る