第19話 魔術師と冒険者たちは街道を進んだ
ガラクシアから首都に向かう街道は、基本的には整備された広い一本道だ。しかも馬車での移動を考え石畳が敷いてあるため、徒歩で移動するにしても迷うことはなく、とても歩きやすい。
しかも定期的に宿場町があるので、計画的に行程を組めば毎晩屋根付きのベッドにありつける。
首都から東西南北に伸びる街道はアコールの初代国王が発案し、数十年掛けて舗装されたという話だ。思えば冒険者だったからこその発想なのだろうと、ノクスは改めて納得した。
ただし夜までに宿場町に辿り着けるかどうかは、「魔物が出なければ」の話だ。
「既に数が多いな」
幌馬車の覆いを少しだけ内側からめくり、ノクスは呆れた様子で呟く。
あまり乗り心地の良くない車内には、急な要請に応じることができた後処理担当の冒険者数人に加え、何故かドルクまで乗っていた。
「本当に、駆除が全然追いついてないんだな。ドットスパイダーだったからまだマシだったってところか」
巣を片付けたところで、街道に戻るまでにもう一仕事しなければいけないのではと、ノクスは面倒くさそうにドルクを見た。何しろ、最初に引き受けようとしていた依頼も街道沿いのドットスパイダーの駆除だ。
「ええ……。巣を確認したのはひと月ほど前なのですが、日に日に増えていく有様でして」
ドルクの顔色は悪い。
「強い冒険者に討伐依頼が出されるほど強い魔物なのかと思っていたら、そういうわけではないのですね」
そんなに繁殖しているのに馬車が問題なく進んでいることに、ナーナは不思議そうに首を傾げ、視線でノクスに説明を求めた。
「ドットスパイダーは、人間や普通の動物を捕食する魔物じゃないんだよ。気性は穏やかだし、こちらから攻撃しない限り攻撃してくることもない。本来なら積極的に討伐対象になるような魔物ですらないんだ」
それでもうっかり馬車が撥ね飛ばした小石が当たったとか、些細な理由で攻撃的になることもあるため、人里の側に出現した時には駆除される。単体から数匹程度なら、どこにでもある何でもない依頼だった。
しかし。
「ナーナ、窮屈だろうけど、外を見ないほうがいいよ」
何しろ見た目がでかい蜘蛛だ。しかも黒地に白い斑点模様。それがわさわさいるのは、多少見慣れているノクスでも気味が悪かった。駆除しながら進むことも考えたが、この数を下手に刺激して手間取ったら、夜までに次の宿場に辿り着けない。
「? わかりました」
石畳の街道を外れた馬車はよく揺れるが、狭い車内でノクスと密着できるので、ナーナはまんざらでもない。
ドルクや他の冒険者たちも、はじめこそ少女は護衛対象かと思っていたが、二人の距離の近さを見て「どうやらそういう関係らしい」と感づき、居心地が悪そうにしていた。
「それにしても、どうしてアンタが付いてきたんだ? 支部長が組合を離れていいの?」
そんな空気はつゆ知らず、ノクスはドルクに話しかける。確かにその場で任務完了を確認できる人材を寄越せとは言ったが、まさか支部長自ら来るとは。
「ある意味では、支部の中でわたくしが一番暇なんですよ」
ドルクは苦笑する。まさか、噂に聞く『赤五つの魔術師』の仕事を見届けて報告しろと、首都本部から要請されたとは言えなかった。自身もアストラが使う魔術に興味があったということもある。
「ふーん? まあ、手続きが滞りなく済むなら何でもいいけど」
いくら温和なドットスパイダーとは言え、多くの冒険者が匙を投げたこの異常発生の大元に向かうというのに、目の前の若い冒険者は全く動じていない。それどころか、ちょっと散歩にでも行くような軽いノリだ。
「ナーナ、少し早いけど今のうちに昼を食べておこう」
「はい」
朝市で買ったサンドイッチを取り出しのんびり食べる二人を、他の冒険者たちも怪訝そうに見ていた。
***
渓谷から少し離れた位置で、馬車を止める。
「ナーナはここにいてくれ」
「え? ですが……」
褒めポイントを探すチャンスだ。ぜひ近くで見届けたいところだった。しかし、
「本当に。来ないほうがいい」
「……わかりました……」
真剣に言われ、ナーナは渋々頷く。
「大丈夫、馬車に防御魔術を張って行くから」
ローブで見えづらい口元が、ふ、と微笑んだのを見て、軽めの『ギュン』に襲われた。
ノクスは続けて、後処理担当の冒険者たちに指示を出す。
「アンタたちは馬車の外で見張り。もし馬車に近づいてくる個体がいたら駆除。彼女に何か下心を見せたら殺す」
最後に物騒な言葉を添えて、ノクスは軽やかに馬車を降りていった。続けてドルクがその後を追い、冒険者たちも渋々といった様子で続く。
「ひっ」
ちらりと見えた布の隙間から、人が乗れそうな大きさの蜘蛛がわさわさと闊歩しているのが見えてしまい、ナーナは本当に久しぶりに、小さな悲鳴を上げた。
ノクスが再三にわたって外を見ないほうがいい、一緒に来ないほうがいいと言っていた意味も察し、
「……どうして私が蜘蛛が苦手なのを知っているんです?」
一人になった薄暗い車内で、ぽつりと呟いた。
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