第100話 魔術師は町の状況を聞いた

 冒険者組合の建物は基本的に頑丈に作られている上、職員も冒険者上がりが多いので、何かあった時には避難所として解放されることもある。レフラの冒険者組合も例によって、周囲の建物よりも被害が少ないように見えた。


 しかし淀んだ雰囲気は町と変わらない。レイヤが恐る恐るドアを開けると、タバコの臭いが鼻を突いた。がらんとした室内で、受付に座っていた男性が事務的に首だけ向けて来訪者を確認し――目を見開いてぽかんと口を開けた。くわえていたタバコが落ちた。


「おじさん!」


 レイヤが現地語で話しかけながら駆け寄る。


「レイヤか!?」

「おじさん、受付でタバコはダメって言ったでしょ!」


 レイヤはカウンターに膝を乗せて身を乗り出し、奥の木製の机に落ちたタバコを急いで拾うと覚えたての水の魔術でじゅっと消した。職員は呆気に取られていたが、はっと我に返ると複数の丸い焦げ跡をばつが悪そうに書類で隠し、話を逸らすついでに奥に向かって呼びかける。


「おい、レイヤが帰ってきた!」


 すると職員たちがあちこちから出てきて、あっという間にレイヤたちは囲まれた。疲れた顔をしていてもレイヤを見ると皆笑顔になり、中には目を潤ませている者もいる。


「みんな、ただいま!」

「おかえりレイヤ。冒険者らしくなったじゃない」

「もしかしてまだ家に寄ってないのか? 誰か、タリヤさんに伝えてこい!」

「わかった!」


 長いこと空気の入れ替えが行われていなかったような陰鬱とした雰囲気から一変、室内には活気が生まれ、職員は口々にレイヤに話しかける。

 ノクスとナーナには何を話しているのかわからないが、まあいいかと二人で顔を見合わせ、彼らが落ち着くまで待つことにする。


「レイヤが帰ってきたってことは、もしかして……」


 その意味に気付いたのは、レイヤに無理難題を言いつけた本人である受付の男性だった。レイヤは頷く。


「赤五つのアストラ、見つけたよ」


 そこでようやく全員の視線がレイヤからノクスとナーナに移る。


「初めまして。……アコール語はわかる?」


 冒険者証を取り出して受付の男性に渡すと、刻まれた文字と目の前の若い男を何度も見比べ、レイヤを見た時とは違う、畏れと恐れの混ざった表情で半開きの口を震わせた。


「わかるのかな」

「わかると思う」


 答えないのでレイヤに聞くと、レイヤは困りながらも頷いた。無理もない、竜よりも目撃情報が少ない赤五つの魔術師がこんな寂れた町に来るなんて誰も思っていなかったのだ。もちろんレイヤに期待していなかったのではなく、アストラの人格に期待していなかっただけ。


「レイヤが町を出てから何があったのか聞きたいんだけど」

「は、はい。こちらへ!」


 少し呆れながらノクスが訊ねると、受付の男性はレイヤよりも流暢なアコール語で答え、慌てて応接室に案内する。当然レイヤもついて行こうとしたが、


「レイヤ!」


 息を切らして駆け込んできたのは、レイヤと同じ髪色をした女性だった。


「お母さん!」


 レイヤはすぐにでも駆け寄りたい娘の気持ちと、町で何が起きたのかを聞かねばならない冒険者の立場でおろおろと躊躇った。


「行きなよ。必要な情報は後で共有する」


 現地語はわからなくても、よく似た顔立ちとレイヤを見る表情を見ればすぐにわかる。それに、町の現状なら母親からも聞けるだろう。ノクスは顎でしゃくって促した。


「……わかった。ありがとう」


 頷くと、レイヤは母親の元に小走りで駆けていく。抱き合う親子の姿を確認してから、ノクスは応接室の扉をくぐった。



 受付の男性はレフラの支部長で、レイヤの叔父にあたるという。道理で気安い関係に見えたわけだとノクスは納得した。山が封鎖されて以降組合の人員も予算も減り続け、役職に関係なく持ち回りで受付をする状態にまで追い込まれているとのことだ。


「外の様子を見たでしょう。レイヤが貴方を探しに出た後、鉱山から魔物が湧いてくるようになったんです。この一年で既に三度、大量発生した魔物が結界を破って、町を襲ってきました」

「それで建物まであんなに……」

「正直、もうダメだと思っていました。町の人口は減り続けているし、定期的な駆除を行う冒険者を雇う予算も削られて……」


 地元に愛着がある者は残るとしても、大した数にはならない。このままゆるやかに町が消滅していくのを見守るしかないと、誰もが諦めていた。


「レイヤに俺を探すよう焚きつけたのは、彼女に町の外を見せるため?」

「気付かれていましたか。……優秀な若者がこんな辺鄙なところに縛られる必要はないんです。旅をしている間にどこか居心地のいい場所を見つけてくれればいいと思っていました」


 彼女の両親とも話し合って決めたことだったと、レフラ支部長は言った。


「結果的にその目論見は全部外れて、レイヤは考えられる限りで一番良い結果を掴んで戻ってきたと」


 はっと顔を上げる支部長に、ノクスは足を組み替え、なるべく尊大な態度で言う。『こいつで大丈夫なのかと思わせないためにはいかにも自信がありそうに見せるのが良い』とジェニーに言われたことを思い出していた。彼女はこうも言っていた。『相手に他に打つ手がなく落ち込んでいる様子があるなら効果は覿面てきめんだ』と。本当はそこに『ノクスの雰囲気と赤五つという功績があれば』という枕詞が付くのだが、本人は知らない。


「情報はできるだけたくさん欲しい。魔物の大量発生についても知りたい。できれば今日中に」

「わ、わかりました!」


 レフラ支部長は目に光を取り戻し、資料をかき集めるために急いで応接室を出ていった。二人だけになった室内でノクスは一度帽子を脱いで、わしわしと髪を掻いた。ナーナがぽつりと訊ねる。


「……大丈夫ですか?」

「ここまで来たんだ。やるしかないだろ」


 にっと笑う顔はナーナが思ったよりも明るく、何か勝算がありそうだった。

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