第101話 魔術師は坑道に入った
ノクスは資料が届くまでの間、ナーナに知っていることを話すことにした。もちろんほとんどはジェニーから聞いたことだが、自分で調べたこともある。
「山に住み着いてるのは鉱物竜だと思う」
「鉱物竜、ですか」
「うん。名前のとおり鉱物を主食にしてる竜。厄介なのは、個体ごとに好む鉱物の種類が違って、それによってサイズも特性も全く違うこと」
鉄や銅を好む個体もいればダイヤモンドを好む個体もいる。鉱物が希少であればあるほど取り込める量が少なくなるので小型になる傾向にあるが、宝石類を好む竜は知能と魔法の威力が特に高い。刺激しなければ気性は穏やかなほうだが、過去には餌場がかち合った竜同士が争い、辺り一面を平らにしたケースもある。
「何の鉱物を餌にしてるのかは推測だけど、銀が特産の鉱山を陣取ったなら、銀を主食にしてる可能性が高い。――銀ならたぶん勝てる」
ノクスはスッと目を細める。
「だから実際にそうなのか確かめたくて……。ナーナ、どうした?」
「いえ、何でもありません」
雑談をしている時なら正直に話して反応を見るところだが、真面目な話をしている時に真剣な横顔に見蕩れていたとは言えなかった。
「あの……」
しかしナーナがノクスの横顔をじっと見ている様子は、母との対面を終えて様子を見に来たレイヤに見られていた。
資料は本部へ報告するための資料が多いため、幸いにもほとんどがアコール語で書いてあった。一部地元民の手記のようなものの翻訳はレイヤと支部長に任せ、わかるものにざっと目を通してノクスは眉をひそめる。
「山に住み着いたのは銀を主食にする鉱物竜で間違いなさそうだけど……。魔物の大量発生は、理由がはっきりしないな」
「竜のせいではないのですか?」
「うん。元々鉱物竜は単独行動なんだ。縄張り意識も強い。たとえ他の魔物を使役できる変異種だったとしても、その力を使うとは思えない」
知恵や力があると言っても考え方が他の魔物や人間のようになるわけではなく、自身の欲を満たすために使うだけだ。社会性に乏しい生態をしているのに、弱者を使役して何になるというのか。
「それに、報告されてる魔物の種類に統一性がなさすぎる」
不定形のものから獣にゴブリンにコウモリや鳥型の飛行種、アンデッドまで、魔物図鑑かというほどバリエーション豊かだった。
「下位種を使役する変異種がいたとしても、ここ一年で急に発生して、周りの魔物が移動した形跡がないってことは現地調達なんだから、もう少し種類が偏ってるはずだ。今までレフラ周辺に出没した記録がない魔物までいるのはおかしい」
「アストラは、そういった現象に心当たりはありますか?」
「ないことはないけど、実際に確認してみないことには何とも」
そんな二人のやり取りを向かいのソファーで聞いていたレフラ支部長は、噂に聞いていたよりもとっつきやすい常識人じゃないか、とアストラの態度に少し安心して、
「明日の朝、山を見にいこう。竜を討伐できそうなら討伐。ダメなら最善を尽くして撤退」
聞きしに勝る行動力に口を引き攣らせ、
「この三人で潜る。確認できる職員を一人付けてくれ。できれば万が一の時に町まで一人で逃げられるくらいの実力があると助かる」
やっぱりちょっと普通じゃないな、と即座に認識を改めた。
***
結局、レフラ支部長が付いてきた。
「支部長ってどこも暇なのか?」
「そんなことはないんですがね……」
人員が少ない中で、アストラが提示した条件に見合う実力を持った職員が他にいなかっただけだ。
「またお留守番かと思っていました」
ナーナは町で待機するように言われることを覚悟していたが、予想に反してノクスは同行を許してくれた。
「レフラの結界装置は強くなさそうだし、山に行ってる間は町の様子がわからないだろ。その間に大量発生が起きたらナーナを守れない」
それなら危険があっても手が届くところにいてくれるほうがいい。念のために護衛も一人増やした。
「……テレーズさんとも約束したし」
「……そうですね」
レフラ支部長は今から竜を退治しに行くとは思えない甘ったるい雰囲気を感じ取り、
「こいつらいつもこうか」
「うん、ラブラブ」
レイヤにひそひそと現地語で訊ね、現状把握に努めていた。
「人間が掘った坑道をねぐらにしてる竜ね……」
暗い穴を覗き込み、ノクスは壁の様子を観察する。あちこちにごく最近付いた新しい傷が見えるが、索敵しても今のところ入り口付近に脅威となるものはいない。
「行こう。足元に気をつけて」
指を振って光源を生み出すと、さっさと歩き出す。狭い坑道を照らすには十分すぎる光だった。
「あんまり光らせたら魔物に気付かれるんじゃないですか」
「竜の居場所がわかったら消す。でも」
言っているそばから降ってきた黒い影を、光源から出た光線が貫いた。
「どうせ全部駆除するんだろ。向こうから寄ってくるなら効率がいい」
一瞥もせずに奥へ進んでいく後ろ姿追いながら、地面にごろりと転がる死骸を横目で見て、
「……いつもこうか?」
「うん……」
地元民たちは自分たちの狭い常識で考えないことにした。
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