第99話 三人は鉱山の町に着いた

 レイヤの故郷に向かう山道は東側とは生えている木々の種類が違い、空気も乾燥していて、比較的最近までアコールの管理外だったのだということが感じられる雰囲気があった。元は綺麗に整備されていたことが窺える幅の広い道は最低限の手入れがされているだけになっており、馬車一台分くらいの道幅だけ辛うじて草木の侵食を拒んでいる。


「意外と歩きやすいな」


 もっと悪路を想像していたノクスは、足元に見える荒めの舗装を踏みながら感心している。傾斜のゆるさも合わさって、首都とサースロッソ間の街道よりも歩きやすいくらいだ。


「昔はいっぱい人が通った」


 かつては鉱物を買い付ける商人や鉱山の労働者向け物資を運ぶ馬車が往来する道だったという。それがここまで誰ともすれ違わない寂れた道になるのだから、竜の影響は甚大だ。


「住み着いてるのは若い竜だって聞いたけど……」


 ノクスはアイビーの言葉を思い出す。レイヤは若いという言葉に首を傾げた。


「五十年くらいの個体のはず」

「確かに、竜としては若いか……?」


 人間の感覚ではそれなりに長生きしているが、アコール建国の頃から生きている吸血鬼からすれば赤子も同然だった。


「レイヤの故郷はどんなところですか?」


 ナーナが訊ねた。するとレイヤは町に興味を持ってもらえたことが嬉しい様子で話し始める。


「町の名前はレフラ」

「レフラって、レイヤの名字だろ?」

「うん。昔から住む人はみんなレフラ」


 元々小さな村だったレフラでは名字を付ける風習がなく、職業や家がある場所の特徴から鍛冶屋のなんとかだとか、一本松のところのなんとかというように呼んでいただけだった。その後山で鉱床が見つかり外部とのやり取りが増加するにあたって名字が必要になり、元々住んでいた人々が『レフラ村の』という意味でレフラ姓を名乗るようになったという。

 つまりその頃から代々続いている家は全てレフラ家となるわけだが、そんな文化を知らないアコール貴族が聞いたら小領主の血縁だと思うかもしれない。


「もしかすると、ウルバン子爵家がレイヤに護衛を頼んだのは勘違いもあったのかもしれませんね」


 ノクスと同じことを考えていたナーナが言った。首を傾げたレイヤに説明すると、


「え! そうなんだ……」


 故郷を離れても町に守られていたことを改めて知り、レイヤは少し嬉しそうに口の端を緩ませた。


「レフラの町で美味しいものや面白い景色が見られるところはありますか?」


するとレイヤは少し自信なさげに答える。


「面白いものはない……。住む人も減ったから……」

「でも、故郷のことが好きなのでしょう?」

「うん。みんな良い人。わたしのこと応援してくれる」


 レイヤが竜を討伐することは期待していないが、冒険者として活動すること自体は反対されなかったらしい。鉱山の封鎖後、人口はどんどん減っていき、結界装置は鉱山に続く道まで広範囲に効果をもたらすものから町を覆う程度の小さなものに取り替えられてしまった。狩猟や畑作業をしていた住人たちが魔物の被害に遭うことは増えたが冒険者はあまり立ち寄らないため、駆除できる者は重宝されるそうだ。


「お父さんとお母さんはすこし嫌がった」


 娘が危険を伴う仕事に就くのが心配なのは親心だ。レイヤも理解していた。


「だから魔術を見せて、安心してもらう」


 話しながらでも生成できるようになった水の塊を誇らしげに見る。その成長速度にはノクスも驚いていた。ノクスでも四属性魔術の基礎を身につけるには一属性あたりひと月ほどかかったと記憶している。適性のある一属性のみに絞っているとは言え、これならジェニーが目をかけるわけだ。


「水のベッドが作れる日も近そうですね」

「うん!」

「邪な目標を持った奴のほうが魔術は向いてるって、ジェニーが言ってたな……」


 曰く、崇高な考えを持っている者よりも、欲望に正直に生きている者のほうが強力な魔術を使えたり、新しい魔術を開発したりすることに向いているという。実践で使うのが一番だとも言っていた。


「よこしま?」

「正しくないってこと」

「ベッドは大事!」


 レイヤは二人と一緒に旅をするようになってからというもの、睡眠の大切さを痛感していた。頭の中がクリアになり、動きや考えのキレが良くなってミスをしにくくなったし、アコール語も少し上手くなった気がする。つまり良い睡眠に直結する良いベッドを作る魔術は正しいというのが彼女の言い分だった。




 出会った頃からは考えられない発言からもレイヤの成長を感じつつ、徐々に傾斜が出てくる山道を進むこと数日。


「……なんか、魔物が多いな」

「うん」


 襲ってくる頻度が高いため一旦魔術の練習を中断し、レイヤは先頭に立って剣を抜き辺りを警戒していた。本来なら結界装置の影響で徐々に減っていくはずが、多いどころか町に近づくほどに魔物が増えている気がする。


「こんなに多いんじゃ、おちおち野宿もできないだろ」

「それで誰ともすれ違わないのでしょうか」


 いくら竜がいる山が近いとは言え、この先に町があるのなら多少は人の往来があるべきだ。だというのにここまで誰ともすれ違っていない。


「前はこんなじゃなかった」


 レイヤもその異常を感じ取り、不安そうな顔をしていた。



 その答えはレフラに着いた時に判明した。


「なにこれ……」

「……酷い」


 石造りの建物は半壊しているものが目立ち、獣の爪痕のような傷が刻まれている箇所もあった。大通りですら閑散としていて、時たま通りすがる人々の顔は暗く疲れている様子が見て取れる。レイヤが絶句しているところを見ると、彼女が町を出た時には違ったのだとわかった。

 更に、昼間から酒の匂いをさせながら道ばたに座り込んでいる中年の男が、足音に気付いて胡乱げに見上げるなりノクスに言った。


「何だ、お前。魔物みたいな色しやがって」


 それから虚ろな目でじっとノクスの顔を確認するが、すぐに目を逸らした。


「……ふん。まさか東の王子様がこんな山奥にくるわけないか……」


 現地語ではなくアコール語で話したところを見ると、鉱山で働いていた移民なのかもしれない。もごもごと呂律の回らない言葉はレイヤには上手く聞き取れなかったが、ノクスがぐっと口を結び、ナーナが腕に触れて寄り添うのを見て、何か良くないことを言われたのだということは察した。

 そのまま寝入ってしまった男から速やかに離れると、ノクスはため息をついて帽子を被る。


「この帽子、こんなに頻繁に使うことになるとは思ってなかったな」


 理不尽への怒りや悲しみのぶつけ先がガラクシアの忌み子に向いているのだ。遠く離れていて縁がない分、仮想敵にするには都合が良い。


「次は眼鏡なんてどうです?」

「いいかも。風で飛ばないし、ナーナの分も作ろうか」

「ありがとうございます」


 ノクスはナーナの軽口を気分を和らげるために気を遣ってくれたのだと解釈して感謝したが、ナーナは気遣い半分、眼鏡を掛けたところも見てみたいという本気半分だった。


「とりあえず、組合で話を聞こう。レイヤは先に家の様子を見てきたら?」

「ううん。組合の場所、わからないでしょ。案内する」


 すぐにでも家族の無事を確認したいところだが、レイヤは首を振り、赤五つの冒険者を冒険者組合に案内することが先決だと判断し、震えそうになる手をぐっと握りしめて二人の前を歩いた。

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