第98話 魔法使いのお兄ちゃんは正体がバレた

 もみくちゃにされるノクスは視線でレイヤとナーナに助けを求め、二人も参加して子どもたちとしばらく遊ぶことになった。


「まほうつかいのおにいちゃん、ぼうしかして!」

「あ、こら!」


 鉄壁の防御を誇るノクスも子ども相手に手荒なことはできず、屈んだ拍子にひょいと帽子を奪われてしまった。途端にはっきりわかるようになった黒髪と赤い目に、少年は帽子を手に持ったままぽかんと口を開けた。テレーズははっとしたが、すぐに表情を取り繕って少年を窘める。


「これはお兄さんの大事な帽子だから、返してあげて」

「う、うん」


 受け取った帽子をノクスに返し、テレーズはじっとノクスの外見を観察した。


「どうして帽子を取らないのかと思ったら、そういう理由だったのね」

「すみません。失礼だとは思ったんですが」

「とんでもない。礼を欠いているのは私のほうよ。……隠していたってことは、話し方はこのままでいいかしら」

「もちろん」


 間接的にではあるが彼女も竜によって被害を受けた人間の一人だ。竜の出現の一因と囁かれるガラクシアの忌み子の存在を知っていても――悲しみのやりどころがわからず憎んでいてもおかしくない。バレたのならば隠す必要はないかと諦めて、ノクスは帽子を仕舞った。


「……怖いですか」

「少しだけね。初めからわかっていたら園内に入れていなかったかも。でも、貴方が悪い人じゃないってことはもう知ってるから」

「ありがとうございます」


 いくらペンダントを届けてくれた恩人でも、呪われたガラクシアの王子だとわかればアコール貴族として刷り込まれた忌避感が出てしまうのは仕方ない。善処してくれているだけでもありがたかった。


「おにいちゃんのめ、きれいだね」

「そうでしょう」


 見上げていた少年の言葉にノクスが反応する前にナーナが自慢げに言うと、テレーズは呆れ半分、安心半分といった様子でため息をついた。

 何が起きたのかも、『魔法使いのお兄ちゃん』の身分もよくわかっていない子どもたちは、真面目な話が終わったとわかると再び寄ってくる。


「まほうつかいのおにいちゃん、ほのおもだせる?」

「出せるけど、みんなが燃えたら危ないから出さない。代わりに水のベッドはどう?」

「ベッド!?」

「あかいおねえちゃん、えほんよんで」

「いいですよ」

「あおいおねえちゃん、おままごとしよ! おねえちゃんはペットのいぬね」

「犬……?」


 やんちゃで元気な大半がノクスに、大人しい子数人がナーナに、マセた子とその取り巻きがレイヤにと一旦分散したが、やがて全員がノクスが出した水のベッドに興味を示し、しばらくトランポリンにして遊んだ後にその上で寝てしまった。今はノクスが土の魔術で日陰を作ってやり、冷たいベッドで快適そうにすやすやと寝息を立てている。


「つかれた……」


 レイヤが一番ぐったりしていた。口が達者な少女の早口なアコール語を聞き取るのが大変だったらしい。


「子どもたちと遊んでくれてありがとう」

「毎日こんな調子なんですか。すごいですね」


 三人とも体力はあるほうだが、旅の疲れとは違う疲労感に見舞われていた。ナーナは比較的原型を留めているものの、ノクスとレイヤは髪までぐちゃぐちゃだ。甲斐甲斐しくノクスの髪を整えるナーナと、当然のようにそれを受け入れているノクスを、テレーズは穏やかに目を細めて見る。


「今日は特別はしゃいでたんじゃないかしら。ここに若い人が来ることは少ないし、高度な魔術を見たのも初めてだったでしょうから」


 建物の入り口の階段に腰掛けた三人に冷たい水を渡しながらくすくすと笑った。


「きっと起きたらみんな、自分も魔術師を目指すって言い出すのよ」

「じゃあ、誰か土の魔術を再現できるかもしれないですね」


 そう言って、ノクスは再びテレーズの形にした人形を彼女に差し出した。この形にしておけば、園内に置いておくのも簡単だろう。しかしテレーズは首を振った。


「その砂鉄は、貴方が持っていってちょうだい」

「え? でも……」


 ペンダントを除けば唯一の遺品だ。手元に置いておきたいのではないかと思ったが、


「そのほうが、あの人もきっと喜ぶから」


 魔術師が魔術を行使するために集めた素材だ。使い手がいるのなら、眠らせておくよりも使ってもらうほうがいい。


「代わりに、もしこの子たちの誰かに魔術師の素質があって、今日見た魔術を再現したいって言い出したら、教えに来てくれない?」

「……わかりました」


 また来ても良いと言われ、ノクスは安心したような、照れくさそうな顔をした。


 昼寝の時間が終わり、子どもたちを起こすのを手伝ってからノクスたちは孤児院を去ることにした。子どもたちに散々渋られ、手や服にしがみついてくるのを剥がすのがまた一仕事だった。


「私も付いていけばよかった」


 門の外まで見送りに来たテレーズは、最後にぽつりと言った。


「貴方たちは、ずっと一緒にいてね。離れちゃだめよ」

「はい」


 ナーナが即答し、


「……はい」


 ノクスが少し躊躇ってから頷くと、テレーズは満足した様子で頷き返し、敷地内に戻っていった。


***


 孤児院から遠くない湖畔の宿に、ノクスとナーナは二人部屋、レイヤは一人部屋を取ることにする。


「疲れたけど、面白かったな」


 ノクスはシャワーを浴びた後に水を飲みながら、子どもたちとの遊びを思い返していた。次はあれをやれ、こういうことはできるかといくらでもリクエストが来るのはまいったが、柔軟な発想は新しい魔術を考案するのに役立ちそうだと思った。


 一方のナーナは、ベッドの縁に腰かけて魔術のことを考えるのに夢中になっているノクスの背後からススッと忍び寄り、首に腕を回して背中に胸を押しつけた。子どもにまで嫉妬するのは良くないと思ったものの、背中に乗っている子を見て羨ましくなったのだ。そして耳元でぼそりと訊ねる。


「ノクス様。子どもは何人欲しいですか」

「ぶふっ!?」


 何だかんだ言いながらも面倒見が良いところと子どもに好かれているところを存分に観察できて、ナーナはより将来へのイメージを逞しくしていた。ノクスは背中に感じる柔らかさに反応すまいと平然を装いながらコップを口に付けたところでぶっ込まれ、思い切りむせる。


「私は三人くらいいてもいいと思っています」

「もう寝よう、ナーナも疲れてるだろ」

「お誘いですか」

「違うから」


 ナーナを剥がして布団を被ったノクスだったが、しばらく寝付けなかったのは言うまでもない。なかなか防御壁が発動せず時たま動く白い布を、ナーナは自分のベッドに横になったままじっと見ていた。




 その頃レイヤはと言うと、


「水のベッド、わたしも欲しい……」


 子どもたちが気持ちよさそうに寝ていた水のベッドが羨ましすぎて、真剣に水魔術の練習をしていた。

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