第76話 偽学者は役目をこなした

 町で調達しておいた肉も串焼きにして、ノクスが具だくさん野菜スープと共に配ると、伯爵は受け取った後、食事をまじまじと観察していた。リーダーと女性冒険者も、顔を見合わせてからそれぞれ礼を言って受け取る。


「お口に合うといいんですが」


 さすがに伯爵は、野外で作る大雑把な料理は馴染みがないかと苦笑すると、


「いえ、そういうわけではないんです。むしろ、こんな場所なのに、立派な食事が出てきて驚きました」

「そうですか? まあ、感想は食べてからで」


 冒険者たちは、既にスプーンを構えてうずうずしていた。雇い主であり、この場で一番立場が上の伯爵が手を付けないことには、彼らも食べられないのだ。


「そうですね。では、いただきます」


 おあずけ中の犬のような視線を浴びて、伯爵は慌てて食前の祈りを捧げる。と、


「「いただきます!」」


 喰い気味の声と共に、三人の冒険者は肉に齧り付いた。


「美味い!」

「スープもいける」

「温かい食事はいいですね……」


 三者三様に感想を述べながらせっせと食べる彼らに、貴族サイドの三人は少し気圧され、それからゆっくり食べ始める。


「でかい魔術収納があると、迷宮の中でも柔らかい肉が食えるのか……」

「薪が持ち運べれば、森林系の迷宮じゃなくてもたき火ができるわけですね……」


 リーダーがため息を吐き、ネイトは自分の収納容量の小ささに肩を落とした。ノクスたちは旅の中で何気なく料理をしてきたが、一般的な旅の食事は、干し肉や干し芋など、保存が利く食べ物をモソモソと囓って済ませることがほとんどだ。たとえ数日程度の行程だとしても、薪や鍋は移動の邪魔になるし、日持ちしない食材を持ち運ぶのはリスクが高い。加えて迷宮ともなれば、岩の洞窟や城のような建築物を模していることも多く、中で乾いた木材が調達できることは、実は少ない。彼らの場合は、ネイトの火の魔術のおかげで干し肉を炙ってバリエーションを付けられるが、それでも羨ましがられるほどだった。


「学者さん、アンタ、名前は何だったっけ」

「ノクスです」

「俺はグレアム。まだ名前も名乗ってなかった。悪かったな、邪険に扱って」


 リーダーのグレアムは、食べる手を一瞬止めて謝った。伯爵から信頼を得ているだけあって、荒っぽさはあるが、誠実な男だった。


「気にしていません。俺が逆の立場だったら、同行を断っているでしょうし」

「断らなくて良かった。夕飯も期待していいか?」

「もちろん。食材は十分に持ってきています」

「そいつは楽しみだ」


 一方、女性の冒険者はナーナに話しかけていた。


「あたし、モリーっていうんだ。ナーナだったっけ、アンタもなかなかやるね」

「ありがとうございます」


 しっかりと火が通ったジャガイモを美味しそうに頬張りながら、モリーは人懐こい笑顔を向ける。


「彼氏のほうと違ってアンタは迷宮に慣れてなさそうだったから、なんで付いてきたんだろうって思ってたけどさ。このスープだけでも、付いてきてくれた意味があるな。ここからはアンタのこともちゃんと守ってやるから、夕飯もよろしく頼むよ」

「……はい。よろしくお願いします」


 実は「信用を得るには胃袋を掴むのが一番です」と進言したのはナーナだったのだが、予想以上に上手くいってしまい、正体を隠していることに少し罪悪感を覚えた。




 鍋が空になる頃にはすっかり和やかな雰囲気になり、一行は十分に休んでから、階下へ進んだ。

 六階層は森ではなく、古びた石造りの建物のような空間になっていた。等間隔に明かりが灯ってはいるが、窓がなく天井が低いせいで閉塞感がある。


「……本当に迷路のようですね」


 ナーナがぽつりと言う。侵入者を感知して明かりが灯るのか、奥は暗く、通路の先は見通せない。


「角から突然魔物が出てくることもある。気をつけてくれ」


 険しい顔のグレアム。


「来る度に思いますが、迷宮って、何なのでしょうね……。森かと思ったら要塞のような形になって、その上魔物まで出てきて」


 伯爵が、ため息をついた。


「俺たちにとっちゃあ、ただの食い扶持を稼ぐ手段だけど……。せっかく学者先生がいるんだから、聞けばいいだろ?」


 グレアムが不思議そうに首を傾げる。が、本当は迷宮学者などではないと知っている伯爵は、少し焦ったような顔でちらりとノクスを見た。と、


「いくつか仮説はありますが、一番有力なのは、『訓練場』だったという説ですね」


 さらりと答えたノクスに、伯爵はぽかんと口を開けた。ノクスは、図書館で読んだ本の内容と、ジェニーから聞いた話を思い出していた。


「訓練場?」


 伯爵の代わりに、モリーが聞き返す。


「古代の魔術師が作ったという話はご存知ですよね。実は、迷宮内にいる魔物は、外で見る魔物と性質が違うんです」


 そもそも迷宮内でしか見かけない形をしていたり、外でも見かける魔物とは特性が異なっていたり。迷宮が作られた後に魔物が自然発生したわけではなく、何か意図があって、魔物の性能まで設計されている可能性があった。


「つまり、人間が探索することを目的に作られていて、しかも一定水準の技量を持っていないと攻略できないようになってるんです。訓練にはうってつけだと思いませんか」


 すると、伯爵は眉をひそめる。


「……古代の魔術師は、魔物を作れたということですか?」

「あくまでも仮説ですが」


 迷宮が作られた頃の資料はあまり残っていない。魔物の国が成立した時に起きた、世界中を巻き込んだ大規模な戦争で、魔術師の大半が命を落とし、当時の技術はほとんど失われてしまったという。――そういえば、ケイはゴブリンシャーマンの集落形成に加担していたようだったが、もしや同じように魔物が作れるのでは、とノクスは考え込む。しかし、


「本当に学者のようです。素敵ですよ」

「ナっ」


 いつの間にか側に寄ってきていたナーナがひそひそと耳打ちしたせいで、真面目な考えは遥か遠くへ飛んでいってしまった。


「どうした?」


 先導していたグレアムが振り返り、耳に手を当てているノクスを怪訝そうに見た。


「何でもありません。くしゃみが出そうになっただけです」


 素知らぬ顔で満足そうに隣を歩くナーナを見て、少しくらい何か仕返しができないだろうかと、不真面目なことを考え始めるノクスだった。

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