第11話 クソジジイはようやく過ちに気付いた
執務室の空気は、随分と和らいでいた。
いかに息子たちのことを何も知らなかったかということをまざまざと思い知らされ、エドウィンは再び静かに息を吐いた。
「ラノ。ノクスは私の知らないところで、何をしていたんだ。お前に聞けばわかると言っていたが」
穏やかな目で訊ねる。
「それは……」
ラノはためらった。兄がどんな仕打ちを受けていて、どれだけ思い詰めていたかを知っていながら何の力にもなれなかったくせに、今更それを話すことに。
「話してくれ。知りたいんだ」
エドウィンはふらふらと立ち上がり、応接セットのソファに座り直した。ラノに、お前も座れ、と目で促す。
ラノは意を決して、対面に腰掛けた。
「……ノクスは、魔術の勉強をしていました。書庫の本で」
「魔術の? ……素質があったのか」
頷くラノ。
「僕が学校に通っていた間のことはよく知りませんが、迷宮での動きを見た限り――おそらく既に、魔術師として冒険者の経験を積んでいると思います」
自分たちが四人がかりでも苦戦していた、のたうち回る大蛇にたった一本の矢で致命傷を与える兄。それは誇らしくもあり、生まれた時からずっとそばにいたはずなのに、とても遠い存在のように思えた。
「あの矢にも、ノクスの魔力が籠もっていました。でなければ、いくら目とは言え普通の矢が突き刺さることはないかと」
それから、ラノはふ、と微笑んだ。
「あれは、狙い澄ました一撃でした。味方だというだけで安心できるほどの」
まるで背中を押してくれているような力強さ。
「そんなにか……」
エドウィンは、魔術が得意ではなかった。そしてラノもそうだとわかると、勝手にノクスもそうだろうと決めつけてしまった。
ただでさえ忌み子と呼ばれているのに剣も魔術の才もないのなら、跡継ぎは自分を凌ぐほどの剣の才能を持つラノで決まりだと。
「やはり、イリスの息子か……」
「母様がどうしたんです?」
「ああ、そんな話も、したことがなかったな」
エドウィンは、本当に自分の不甲斐なさを痛感していた。妻のイリスを亡くして辛かったのは、母親を亡くした息子たちだって同じだろうに。
「お前たちの母親――イリスは、当時王宮で一番と言われた魔術師だったんだ」
「そうだったんですか! じゃあ、ノクスは母様に似たんですね」
フワフワと、嬉しそうに笑うラノ。そんな風に笑う顔を見るのも久しぶりだった。
「ノクスが魔術を使っているところは何度かしか見た事がありませんが、とても綺麗でした。火の玉と水の玉を交互に出してお手玉をしていたり、東の丘の上で雲を鳥の形に変えていたり。暑い日は穴を掘って、地下で涼んでいたこともありました」
「何?」
ラノは在りし日の思い出を話しただけだったが、エドウィンは急に真剣な顔になった。
「あの穴、その後はこっそり街で買ってきたものを隠す秘密基地にしていたんですけと、さっきの様子じゃもう片付けてしまっているかも――父様?」
ちょっとした兄自慢のつもりで、早口でまくし立てたところで、父の表情にようやく気付くラノ。
「火の玉と水の玉を同時に出して……。雲の形を変えるということは風魔術と、地形を変える土魔術……?」
ぶつぶつと呟くエドウィン。
「それは、何歳の時だ? 他には?」
「えっと……。ナーナが来るよりも前だから、十歳くらいでしょうか。他には……。そうだ、こっそり外出する時には、姿を隠していたと思います。僕はなんとなくノクスの気配がわかるので、すれ違った時には『今通ったな』って思っていました」
兄の脱走を見逃すのは、何もしてやれない弟の、せめてもの罪滅ぼしだと思っていた。
「あと、秘密基地にいつの間にか、一人では到底運べないような大きなベッドが置いてあったので、魔術収納を持っているかも。羨ましいなあ」
生活魔術までの知識しかないラノには、それがどれだけすごいことなのか全くわかっていなかった。
しかし、エドウィンにはわかる。王家としての教養、騎士団をまとめる者としての知識に加え、国一番の宮廷魔術師を妻にするために健気に学んだ日々の全てが、とんでもない逸材を逃したことを知らせていた。
「ラノ、ノクスの気配が分かると言ったな! 今すぐ連れ戻すんだ! 使用人の入れ替えでも処刑でも、全てノクスの言う通りにする! 私の引退が望みなら明日にでも爵位を譲ると!」
「と、父様?」
魔術師はどんなに修練しても、基本四属性のうちで威力を極められるのは二種類までと言われている。
それも、幼少の頃から数十年修行してようやくだ。
「十歳で、四属性をその威力と精密さで操り、高位の無属性魔術と空間魔術まで使いこなしていただと!? くそっ、私は本当に馬鹿だ!」
丁寧に整えた白髪交じりの髪をぐしゃぐしゃと掻くエドウィン。
「ええ、大馬鹿者です。そして連れ戻させません。ノクス様は、私がいただきます」
不意に涼やかな声が響き、取り乱すエドウィンの前に、繊細な模様のカップが静かに置かれた。
「ナーナ!」
「いけ好かない他人の、取り返しのつかない後悔ほど、面白いものはありませんね」
ラノの前にもティーカップが置かれ、丁寧に琥珀色の液体が注がれた。
「……知っていたのか。――ナーナリカ姫」
「もちろん。迷宮で、現在の威力も確認しました」
そしてナーナは、すっかり覇気をなくしたエドウィンを見据える。
「エドウィン様、『ガラクシアを継がなかったほう』を私と婚約させるという約束。守っていただきますよ」
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