第107話 魔術師は青い石を手に入れた

 相変わらずバタバタと忙しない組合で正式な報告を行い、恭しくトレーに載って返ってきた冒険者証を見て、ノクスは首を傾げた。


「ん? なんで青? 赤の依頼じゃないの?」


 五つ並んだ赤い石の下に、青い石が増えていたのだ。共同で討伐したことになっているレイヤのカードにも同様に増えている。


「竜の討伐はレフラだけでなくアコール全域に影響を及ぼすことなので、少し前に報酬が見直されたんですよ。もちろん赤の点数もゼロから石持ちになれるくらいの点数はあるんですが、赤五つにとっては大した加点ではないですね……」


 レフラ支部長は徹夜でしょぼついている目を細めて苦笑した。


「なるほど。まあ、貰えるものは貰っとくか……」

「ええ、ぜひ」

「わたし、何もしてない」


 レイヤはこれで青二つだ。アコールには冒険者に爵位を授ける仕組みはないが、貴族御用達の店でも門前払いされなくなり、男爵や騎士爵と同等の待遇になる場所が出てくる。


「あって困るもんじゃないだろ。これからその身分が必要になるかもしれない」

「そっか……」


 自分の手柄を分配することになった本人があっさりとしているため、レイヤは青い石を見つめながら複雑な気持ちで頷いた。


「それじゃ、俺たちはこれで。何日か滞在する予定だから、必要があったら呼んでくれ」


 ノクスは最後に支部長の肩をぽんと軽く叩いた。時間を取らせないよう早々に組合から退散する後ろ姿を見送っていると、ちょうど通りかかった職員が呟く。


「あれが大魔法馬鹿フーリッシュウィザードですか……。腕前は噂以上でしたが、聞いていたより温和そうな人物ですね。随分若いですし」


 帽子の下の顔を思い出そうとして、何故だかぼんやりとしか思い出せず首を傾げた。


「青の功績に興味がないのは本当でしたけど」


 思い出すことを諦めてぼそりと付け加え、職員は自分の仕事に戻っていく。支部長は懐からタバコを取り出して火を付けると、煙と一緒に大きくため息をついた。触れられた途端に身体が軽くなったが、浄化魔術が使えるくらいだからこれも高度な魔術に違いないと、肩をさする。


「そりゃあ、青の功績なんか必要ないだろうな」


 坑道でナーナが咄嗟に叫んだ『ノクス様』が彼の本名なのだろうと、レフラ支部長は気付いていた。上流貴族の振る舞いをするナーナが敬称を付けて呼ぶノクスという名前の若い男という条件を考えれば、思い当たる人物は一人だけだ。レイヤが気付いていない以上、彼の正体を知る者は他にいない。本部にも町の人間にも、言うつもりはなかった。


***


 おいしい回復薬をレフラの特産にする計画を立てたはいいものの、生活魔術程度でも水の魔術を使う工程があるため、町にいる人間だけで量産するのは難しいだろう。


「メモは今後も現地語で取るようにしてください。量産に向けて人手を増やす時は、レシピを全て教えるのではなく、一部の工程だけを任せるのですよ」

「なんで?」

「完全なレシピが流出したら他の町でも作れるようになって、特産品ではなくなってしまいますから」

「そ、そっか」


 ノクスはレシピを教えるだけだったが、ナーナが次期公爵として学んだ町おこしの知識を駆使して横から細々とアドバイスする。ガラクシアの迷宮で初めて飲んだ時から間違いなく売れる商品だと確信していたため、販売する場合のことも常々考えていた。粗悪品の流通を抑止するためにもブランド化は必要だ。


「商売に詳しいお知り合いはいませんか? レイヤは作ることに専念して、販売はお任せしたほうがいいかもしれません」


 レイヤが商人の駆け引きに向いていないのは明白だ。できれば支部長くらいアコール語が達者な者がサポートに回るのが良いだろう。


「支部長の伝手に誰かいるだろ。一人で作れるようになったら訊いてみなよ」

「うん!」




 そうして三日ほどレイヤのレシピ習得に付き合ったり、合間に町の修繕を手伝ったりしてから、二人はサースロッソに帰ることにした。


「本当に、いっぱいありがとう」

「別に。俺の利益にもなることだったから」


 見送りにはレイヤのほか、レフラ支部長とレイヤの両親が町の外れまで付いてきた。初めて会うレイヤの父親は、目元がレイヤと少し似ていた。


「娘の頼みを聞いてくださってありがとうございました」

「この子がまだ小さい頃に竜が現れて、町が廃れていく姿を見せるのがずっと心苦しかったんです」


 目を潤ませているレイヤの母親、タリヤの言葉を聞いて、ノクスはふと気になった。


「……小さい頃に竜? レイヤ、今いくつ?」

「え? 十九歳……」

「ナーナより年上!?」


 ノクスはレフラに来て一番の衝撃をここで受けた。てっきり同い年くらいか、どうかすると年下だと思っていた。三つ上は想定外だ。


「アストラは?」

「教えない」

「……」


 ノクスが失礼なことを考えていることを察したレイヤは、顔を赤くしながら反論した。


「アコール語じゃないなら、大人みたいに話す!」

「ええ……?」

「こ、今度会うときはアコール語もっと喋る! みんなに教えてもらう!」


 以前から幼く見られることがコンプレックスだった姪っ子の慌てる様子を見て、我慢していた支部長がとうとう吹き出した。


「おじさん!?」

「す、すまん。つい」


王子だと気付いてしまったからには大人しくしていようと思っていたのだが、だめだった。おかげでしんみりとしていた別れの場は和やかな空気になり、レイヤの両親も釣られて笑った。


「……まあ、これからが大変だろうから、頑張るのはほどほどにな」

「時々様子を見に来ます」

「うん、わたしも……。あれ、アストラとナーナは、どこで会える?」


 レイヤは神出鬼没の魔術師の拠点がわからなかったせいで探すのに苦労したことを改めて思い出し、恐る恐る訊ねた。


「普段はサースロッソにいます。ご用があったら、サースロッソ公爵家のナーナリカまで、レイヤの名前を添えてご連絡ください」


 ノクスが答える前にナーナが率先して名乗り、


「公爵家ぇ!?」


 レフラ支部長は部下に指示を飛ばすことで培われたよく通る声で誰よりも早く叫んだ後、日頃のタバコの吸い過ぎが祟って痰が絡み、思い切り咳き込んだ。

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