第96話 魔術師は写真の女性を見つけた
ウルバンは小さな湖の畔に佇む町だった。農業が盛んなようで広い畑の間に点々と民家が建っており、宿場よりは大きいものの二日もあれば主立ったところは見て回れそうな規模だ。
町の中を歩きながらノクスは訊ねる。
「レイヤが受けた依頼って、どんなのだったんだ?」
「お嬢様がソピア川を見るので、わたしが護衛した」
お嬢様というのはウルバン子爵家の長女で、上に兄、下に弟がいるため勝ち気でお転婆なのだという。可愛い娘の希望は聞いてやりたいが、ちょうど兄がウェストール中央部の学校に進学する時期だったため人手不足。そこにタイミング良く現れたレイヤは適任だった。
「ちょっとした旅行みたいなものか」
通った限りでは特に危険な道ではなかった。他にも大人の付き人はいたわけで、レイヤ一人でも十分な護衛だったはずだ。
「でも、進学の時期って言ったら一年以上前だろ。いきなり行って大丈夫かな」
「門番さんが同じなら、大丈夫と思う」
「いざとなったら私が名乗ります」
ナーナはノクスの腕にそっと手を触れた。いくらウェストール領と言っても四大公爵家の名前を出せば話くらいは聞いてくれるだろう。
「西の貴族だから俺のことは知らないかもしれないけど、一応帽子を被っておくか」
「……そうですね」
触れられた手にノクスは上から自分の手を重ねて微笑んだ。サースロッソ公爵家、シシー伯爵家と、ここまではノクスに好意的な家ばかりだったが、それぞれに事情があって呪いに寛容だっただけだ。何の縁もない貴族はほぼ間違いなく偏見を持っていると考えたほうがいい。
早速帽子を被り、頭部の印象がぼやけたノクスをレイヤが不思議そうに見た。アコール貴族には黒髪を良く思わない人間が多いことを説明すると、
「そうなんだ……」
複雑そうな顔をしたが、詳しくは聞かずに頷いた。
「とりあえず、まずはレイヤに任せる」
「うん!」
ようやく役に立てるのが嬉しいレイヤは改めて気合いを入れ、遠くからでも見える小高い丘の上にある屋敷を目指して早足で進んだ。
「こんにちは」
門の前に立っていた壮年から中年に差し掛かる程度の男にレイヤは話しかけ、頭を下げた。ノクスとナーナもそれに続く。
「きみは……。前にお嬢様の護衛をしてくれた冒険者の子?」
「覚えてますか!」
「ああ。藍色の髪はここらじゃ珍しいから」
それでも去年会ったきりのはずだ。きちんと来訪者の特徴を記憶している優秀な門番は、レイヤがほっとした顔で笑うのを見て表情を和らげた。
「それに、お嬢様のわがままに付き合ってくれた子だからね」
門番は当時のことを思い出して苦笑している。ウルバン子爵家のお嬢様は愛されているようだ、とノクスとナーナは顔を見合わせた。彼なら子爵家の人間に会わなくても何か知っているかもしれない。
「確か、人を探しに首都に行くって言ってなかったかい? どうしてまたウルバンに?」
「その人を見つけて、もう帰るです。でも、その前に聞きたいことがあるます」
そして後ろにいたノクスを見た。ノクスは頷いてレイヤの隣に立つ。
「初めまして。冒険者のアストラと言います」
身分をはっきりさせたほうがいいだろうと、冒険者証を差し出す。門番は石の数に驚きながらも裏表をきちんと確認し、それが偽造などではなさそうだとわかるとすぐに返した。
「随分腕の立つ冒険者なんですね。私でわかることならお答えしましょう」
「ありがとうございます。早速ですが、これを見てもらえますか」
ロケットを取り出して見せる。と、まだ中の写真を見せていないのに、門番の目が大きく見開かれた。
「……これをどちらで?」
「シシーの迷宮で拾いました」
「中を確認しても構いませんか」
「どうぞ」
門番は恐る恐る手に取り、ロケットの蓋を開いて女性の写真を見ると、ああ、と小さく漏らし、ため息をついた。
「ご存知なんですね。この女性のこと」
「……ええ。現ウルバン子爵の姉に当たる、テレーズ様です」
「お話を伺いたいのですが、取り次いでいただけますか?」
「テレーズ様は屋敷にはおられません」
悲しげな表情で首を振る門番に、ノクスはふと思い当たった。
「もしかして、よそに嫁いだとか?」
ナーナの例があるせいで忘れていたが、貴族女性はほとんどの場合、年頃になると他の貴族家に嫁ぐことになる。当時土の魔術師とテレーズが恋仲だったとしても、意にそぐわず、または待つことを諦めて一般的な結婚をしているのでは。
しかし門番は再び首を振り、
「いえ、今は――」
丘から見下ろせる湖のほうを指差した。
「湖の畔にある、白い建物が見えますか。あそこにいらっしゃいます」
***
教えられた白い建物の周りはフェンスで囲われており、中では様々な年齢の子どもたちが一緒に遊んでいた。
「……孤児院か」
いずれも質素で飾り気のない服を着ているが表情は明るく、のびのびと過ごしているように見える。広場の隅で子どもたちをにこやかに見守っていた明るい茶髪の女性が道路から中を窺っているノクスたちに気付き、建物の中にいた別の女性を呼んで子どもたちの見守りを任せてから門に近づいてくる。服装はシンプルでいくらか歳を重ねているものの、間違いなくロケットの写真の女性、テレーズだった。
「こんにちは、何かご用ですか?」
テレーズは門越しに優しく微笑んだ。
「こんにちは。突然すみません」
ノクス、ナーナ、レイヤの順で名乗り、門番にしたのと同じように冒険者証を見せると、テレーズは戸惑った様子で首を傾げる。
「冒険者の方ですか……?」
ノクスはどう切り出すべきか一瞬考えたが、下手に気遣って回りくどく説明するよりも、まずは率直に用件を伝えるべきだと判断した。
「このペンダントを届けに来ました」
ノクスの手の中に光る金色のロケットを見て、テレーズははっと息を呑む。
「……わざわざありがとうございます。中へどうぞ」
門を開け、三人を敷地内に招き入れた。
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