第95話 西の冒険者は魔術師を目指した

 翌朝三人が土壁ハウスから出ると、壁に近寄ってしげしげと観察していた他のグループが慌てて散った。野営地を去る際に崩して平らに戻すと遠巻きに残念そうな顔をしていたため、このルートを定期的に行き来している商人なのだろうとノクスは察した。


「わたしも家作りたい」

「ジェニーに適性は水魔術だって言われたんだろ?」


 手紙にも書いてあったが、昨晩知識のすり合わせをした際に本人もジェニーからそう伝えられていたことがわかった。


「適性がない魔術は使えないのですか?」

「わたし、土の魔術は使えない?」


 歩くうちにいつの間にかノクスを挟んで右手にナーナ、左手にレイヤが並ぶ形になり、ノクスは両側から問われてどちらを向けばいいか迷った。


「ええと……。全く使えないことはない。ただし適性のある魔術よりも魔力を多く使うから、人によっては威力の高いものは使えないこともあると思う」


 結局ノクスはどちらも見ずに、やや斜め下を見ながら話すことにする。


「アストラは、使えない属性はないのでしたね」


 ナーナはすかさず話しかけ、自分のほうを向かせることに成功した。


「うん。でも特別使いやすい属性もない」


 あくまでもノクスの感覚の話なので、本当はどの魔術にも適性がなくものすごく燃費が悪いのかもしれないとも思っていたが、今のところ確かめる術はない。


「実際、ジェニーは俺に魔術を教える時、風に適性があるって言いながら火や水の魔術も使ってたから、魔力量が一番大きいんじゃないかな」


 それでも風の魔術以外は、途中から『これ以上は私には使えないよ』と言って理論を教えるだけになった。そういう点では、ノクスは基本四属性の中で風魔術の練度が高いと言える。


「わたしの魔力、ジェニーさんが測った! いっぱいあるって言われた」

「私は十二歳の時に測ったきりですね。魔術師を目指せるほどではありませんでした」


 平民は家の方針によってまちまちだが、貴族は幼年教育を終了する頃に一度測り、その結果で魔術学校に通うかそれ以外の道に進むかを決めることが多い。


「アストラは? どれくらい多い?」


 赤五つの魔術師はさぞやとレイヤはわくわくしながら訊ねたが、


「……わからない」


 ノクスは言いづらそうに後頭部を掻いた。


「「わからない?」」


 ナーナとレイヤの声が重なる。


「うん。ナーナに会う少し前だったかな。ラノと一緒に測ることになったんだけど、測定しようとしたら測定器が壊れて……」


 結果的にガラクシア家に代々伝わる術具をノクスが壊したことになってしまい、これも呪われているせいだと評判が更に悪化し、再測定が行われることはなかった。ラノが先に測り終わっていたのが不幸中の幸いだった。


「まあでも、今となってはあの時わからなくて良かったのかもな。魔術が使えることがバレてたら、ナーナに会えてなかったかもしれないし」


 軟禁に近い状態だったからこそラノのように貴族学校に通うこともなく、ナーナと長い時間を過ごせたのだ。ノクスはふ、と表情を緩めてから、今割と恥ずかしいことを言ってしまったのではと気付いてナーナを見た。ナーナは不意打ちで固まっていたが、ノクスから見るといつもの無表情にしか見えない。

 レイヤはそんな二人の顔を横から順に覗き込んで、


「ラブラブじゃん……」


 思わず母語で呟きながらにやついた。


「なんて?」


 意味はわからなかったものの、からかわれた気配だけ察したノクスが聞き返し、レイヤはサッと口に手を当てて顔を背けた。視線がレイヤに向いたことでナーナは我に返り、自分がガラクシアに行く前のノクスのことを考えた。以前に聞いた話と合わせて考えると、その頃には既に独学で治癒魔術まで使えるようになっていたはずだ。


「私も出会えて嬉しく思います」


 ほんの少しのもしもがあったら、ノクスの待遇が良くなっていたかもしれないし、魔術学院に入れられて真っ当に魔術を学び、虐げられることなく大成していたかもしれない。そう考えると『良かった』と手放しには喜べなかった。代わりに、気になったことを聞いてみる。


「ジェニー様のところでは測らなかったのですか?」

「それも壊れた。ジェニーは大笑いしてた」


 ノクスは苦笑した。計測器具の針が勢い良く振り切れて本体が爆発したのを見て、ジェニーは『少ないってことはなさそうだよ』と笑いすぎて出た涙を服の袖で拭きながら言った。要は前例がないくらい多いだけだろうと。


「ジェニーが多いっていうなら、レイヤもジェニーくらいは使えるようになるんじゃないか?」

「ジェニーさんは、どれくらい土魔術が使える?」

「土砂降りじゃなければ一晩は持つ家を作れるくらいかな」


 するとレイヤはぱあっと顔を明るくした。平民が使える魔術は火の適性がある者がろうそくや竈に火をつける程度のもので、それすらも術具の便利さによって必要なくなりつつある。おとぎ話や冒険譚、宮廷魔術師に関する噂の中でしか知らないものを自分が使えるかもしれないとなれば、すぐにでも試してみたくなる。


「でもまずは水の魔術からだ。得意な属性すら使えないのに、他の属性を使おうとするのは無理がある」

「わかった……」

「せっかくだから歩きながら練習しよう。遅れたら置いていく」

「はい……」


 別のことをしながら魔術を発動するのは、不意打ちに応戦できる発動速度を出すための訓練になる。もちろん魔術学校ではそんな方法は教えないが、今となっては本を読みながらでも発動できるノクスがそれを知るのはもう少し先のことだ。


「私もですか?」


 火の魔術で同じ訓練をしようとしていたナーナがちらりと見た。


「できる限り付いてきて。……遅れてたら呼ぶ」

「ありがとうございます」

「ひいき!?」


 激甘な対応にレイヤがあまり使ったことがない言葉で抗議の声を上げたが、


「ナーナは冒険者じゃないから使えなくてもいいし」


 あまりにも開き直った言い訳をされた。しかし赤五つが全力で守るとなれば王城よりも堅牢かもしれない。二人はずっと一緒にいるのだから急いで魔術を覚える必要性も薄いかと納得してしまい、それ以上の不満は言えなかった。


 その後レイヤは小さな水の塊を一つ出すのにも苦労し、数回置いて行かれそうになった。魔物とも交戦し、ノクスが使う魔術の発動スピードを見て自前の快適野宿ハウス作りにはほど遠いことを思い知る頃、三人はようやくウルバンの結界内に入った。

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