第94話 魔術師は手紙を読んだ

『親愛なる大魔術師様へ

 これがあなたのところに届くのは、サースロッソが雨期に入る頃でしょうか。手紙をレイヤに持たせたのは、普通の配達人では手紙を奪われる可能性があったからです。驚かせてごめんなさい。

 あなたが首都を発ってから、楽しい噂がいくつか流れてきました。お姫様と仲良くしているようで何よりです。良かったら今度、術具研の新作を融通してください。


 話が逸れましたね。ここからが本題です。

 お姫様の帰還がとうとう首都にも伝わり、第二王子派が動き始めました。公爵からは話は聞いていますよね? と言っても揉めているので決定には数ヶ月かかるでしょうが、いずれ首都に呼ばれるか、そちらに使者が行くでしょう。覚悟と対策を決めておくことをおすすめします。


 それからもう一つ。ケイという魔族が私を訪ねてきました。信用はできませんが、面白い男ですね。初代国王のことを知っているようだったので、継続して親交を深めてみようと思います。新しい情報が手に入ったら、また会った時にでもお話ししますね。


 次こそはお酒を飲みにいきましょう。お姫様も一緒に。

 それではまた。


 追伸:レイヤはいい子でしょう? 水の魔術に適性があるようですが、短期間では魔術収納を教えるだけで精一杯でした。それに彼女に魔術を教えるのは、私よりもあなたのほうが向いていると思います。そろそろ弟子をとってみてはいかがですか。


 ジェニー』


 署名と同じ流暢な字で綴られた手紙の内容を読んで、ノクスは絶句した。短いくせに情報が多すぎる。


「何か深刻なご用事でしたか?」

「……いや、ただの近況報告だな。相変わらず元気そうだよ」


 第二王子のことも、ケイのことも、ナーナには聞かせられない話題ばかりだ。ノクスは首を振って微笑んだが、ギュンと来ない表情だったのでナーナは何か隠していることに気付いた。しかし追求はしない。


「今度首都に行くことがあったらお酒を飲もうってさ」

「そうですか。ぜひ」


 あの何を考えているかわからない眼鏡の魔族に近づくのはやめてほしいとノクスは思ったものの、ジェニーのことだから上手くやるだろうと信じるしかない。第二王子のことはどうしようもないので追々考えるとして。


「……」


 最後にレイヤの顔を見て、これも一旦保留にした。ジェニーは彼女に魔術を教えてみろと言うが、我流に近い魔術を他人に教えられる気はしない。素質があるのならなおのこと、ノクスからではなくきちんとした魔術学校で基礎を習うべきではないだろうか。


「買い出しが済んだら出発しよう」


 考えることが多すぎる。歩きながら考えようと小さく息を吐いて、二人を促した。




 西に向かう道は街道ほどには整ってはいないが、ウルバンに物資を運ぶ商人や地元民が行き交うためそれなりに整備はされている。平坦な大地は豊かな森に覆われており、川辺の町とウルバンの中間地点には野営地も作られていた。

 野営地では、おそらく同じ高速船に乗っていて同じようにウルバンに向かっているグループが二、三組、適度な距離を取りながら野宿の準備をしていた。ノクスたちも端のほうに陣取り、夕食を作ることにする。野宿は一晩だけのことなので他のグループも今朝買い込んだ食料で各々簡単な料理を作っており、悪目立ちすることはない。


「火の魔術、便利」


 レイヤは料理を手伝いながら、ナーナが使う小さな魔術にも感心している。


「私は魔術収納が欲しいです」


 防御魔術の訓練をしているうちに簡単な風量の調節ができるようになった風魔術を駆使して火加減を調節しながら、ナーナはレイヤの手元を見る。ニンジンの皮を剥くのに使っている小型ナイフは彼女が収納から取り出したものだった。


「アストラは教えてくれない?」


 いつもならナーナと手分けする作業をレイヤに奪われて手持ち無沙汰になり、手紙の内容について再び考えていた最中に見透かすようなことを問われてノクスはぎくりと肩を震わせた。


「私には魔術の才能がないようなので」

「わたしが使うの、魔術収納だけ。ナーナのほうがじょうず」

「そうでしょうか?」


 そして二人してノクスを見る。ノクスはため息をついた。


「新しい魔術を覚えたいなら教えるけど……。学校で習うのとは違うだろうし、変なクセがつくんじゃないかと思ってあんまり教えたくないんだ」

「構いません。習いたいです」

「わたしも!」


 手紙の内容を話さなくても結局教える羽目になり、まさかジェニーはここまで読んでいたのではと、ノクスは飄々とした恩師の緩い笑顔を思い出しながら恐ろしく思った。


 ひとまずレイヤがジェニーからどこまで習ったのかを確認しながら魔術についての基礎的な話――全てジェニーの受け売りだが――をしつつ食事を終え、お茶を飲みながらノクスは辺りの様子を窺った。


「今日はこれくらいにしておこう。……どこで寝ようか」


 こんなに広々と野営地が作られている場所は少ない。せっかく平らな場所があるのでいつもの土壁ハウスを建てたいところだが、人目に付きすぎるのが気になった。


「? ここで寝るはしない?」


 ノクスとナーナが今までどのように旅をしてきたのか知らないレイヤは、二人の少し困ったような表情を見比べて首を傾げた。


「……ここはウェストール領ですし。少々目立っても大丈夫ではないでしょうか」

「それもそうか」


 ナーナはもちろんノクスの黒髪も、サースロッソ方面から来たとわかればゼーピア系の髪色に見える。妙な魔術を使う一行が西で噂になったところで、それが東の公爵家と結びつく可能性は高くないだろう。ノクスは邪魔にならない端のほうに遠慮なく土の箱を生成し、他のグループと同様にぽかんと口を開けているレイヤを中に招き入れてベッドを三人分出すと、さっさと寝た。その寝顔をしばらく見ていたナーナもやがて寝息を立て始め、次々に浮かぶ疑問をグルグルと考えていたレイヤも、そのうち睡魔に負けた。

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