第41話 二人は街に買い物に出かけた
ショックを受けているノクスに、ケヴィンは付け加えた。
「……もちろん、サースロッソ家の意向はノクス殿下の婿入りです。実際に会ってみたお人柄も好ましく思いますし、何よりも、娘が選んだ相手ですから」
そろそろ上がりましょうか、と言って、やはり最低限の音でそっと湯船から抜け出した。
思わず湯船の中で考え込みそうになっていたノクスは、慌てて後を追った。
ノクスを部屋まで送った後、
「おやすみなさい」
と丁寧に礼をして去るケヴィンの後ろ姿を眺め、部屋に入る。
小さくため息をつき、
「いくら物静かでも、やっぱり公爵だな……」
味方でよかった、と、底知れない切れ者の気配を感じるノクスだった。
*****
翌朝、相変わらず規則正しい時間に目を覚ましたノクスの元に、相変わらず規則正しくナーナがやってきた。
「おはようございます、ノクス様」
「おはよう、ナーナ」
ハーフアップの髪に、白いブラウスとシンプルな濃紺のロングスカート。つい見蕩れてしまった。
「今日は、街を歩きましょう。お買い物も必要です」
「買い物?」
「はい。主にノクス様の服などを」
「ああ……」
冒険者装備ではない私服は数着持っているが、いずれもごくシンプルな最低限のもので、首都やガラクシアの気候に合ったものだ。これから暑くなるというサースロッソには不向き。礼服も必要だと言っていたところだ。
「午後に術具研究所にも寄れるよう、連絡を入れてあります」
「本当? ありがとう」
父がノクスを風呂に誘っていたことは、ナーナの耳にも入っていた。何の話をしたのか、落ち込んでいる様子だったノクスの顔がぱっと明るくなり、ナーナは少し安心した。
*****
ゼーピアとの交易で栄えているサースロッソの街は活気があり、珍しいものも多かった。
領主の娘であるナーナは広く知られていて、昼間は護衛を連れずに歩いていても問題はないという。誰もが敬意と親しみを持って公爵家に接しているようだった。
「ノクス様、これです。絶対にこれが似合います」
「本当……?」
「スタイルが良いので何でも似合いますが、おすすめはこれです」
ナーナは段々日常会話に褒めを混ぜてくるようになり、ノクスは一拍置いてから「今褒められたな?」となることが増えた。
悩みは解消されないが、ナーナとの買い物でいくらかノクスの気分は晴れ、やはりこれからも一緒に居たいという気持ちが募った。
そのためには、呪いの解き方を突き止めなければならない。それも早急にだ。
アイビーがいう魔物の会議で何か収穫があればいいのだがと、会計を待っている間に考えていると、不意に彼女が言っていた「魔力が漏れている」という話が気になった。
他人の魔力を感知することはできるが、自分の身から離れた魔力がどうなるかはあまり気にしていない。
考え事をしているときに流れ出すのだろうか。しかも、その時の感情がにじみ出すらしい。
魔力を察知できる者は人間には少ないが、相手が魔物でも、感情を悟られるのは魔術師としてあまり良くない。今のところ自覚して気をつけるくらいしか方法はないが、対処法を考えなければ、などと真剣に考えていると、
「お待たせいたしました。品物は公爵様のお屋敷にお届けしてよろしいでしょうか」
それなりの量になった荷物を背に、従業員が恭しく頭を下げた。
「ありがとうございます。お願いします」
ノクスが頷くと、ナーナは小さく首を傾げた。
店を出てから、ぽつりと訊ねる。
「魔術収納に仕舞わないのですか?」
「まだ『ガラクシアの忌み子のほう』が魔術師だとは、世間に知られてない。下手にひけらかさないほうがいいだろ」
ナーナと共に町を歩いていれば、いずれノクスがサースロッソに滞在していることは首都貴族たちにも知られるだろう。
しかし、ノクスが高度な魔術を使えるとは夢にも思わない。エドウィンは自分の失態を他人に話すことはないだろうし、ラノも吹聴して回ることはない。ならば今のところは、悪目立ちしないほうが良い。
「なるほど。両親にもそのように伝えます」
「公爵は、同じ考えのような気がするけどね……」
一見気弱で妻の尻に敷かれているように見えるケヴィンだが、彼が公爵の立場で居続けているのは、アルニリカの権力だけが理由ではない。むしろ、彼女を隠れ蓑にして上手く立ち回っている。誰も見向きもしない王子が魔術に長けているというおいしい情報を、みすみす外に漏らしはしない。
「父と、何を話したのですか?」
「世間話だよ。首都で起きてるいざこざも、多少は知っておいた方がいいだろうってさ」
嘘は言っていない。ナーナは何か隠しているなと勘付いたが、深くは追求しなかった。
午前の買い物と仕立屋での採寸を終え、昼食を取る店を物色していると、朝市を畳んでいる具合の悪そうな男性が、隣の店の同業者に愚痴を漏らしていた。
「昨日、酒場にものすごい美女が現れてさ。賭け事が強いのなんのって」
「へえ、そいつは見たかったなあ」
「金髪に赤い目の。あれは魔女に違いない。若いのが一人持ち帰られた」
二日酔いらしい男性の話を傍聴して、ナーナが勘付く。
「金髪に赤い目……? まさか……」
「……殺しはしないって言ってたよ……」
吸血鬼は元気に夜遊びしているようだった。
「血を抜かれた若い男の死体が上がらないことを祈ります」
「俺からも言っておくよ」
障壁の内側に入れば魅了でも何でもかけ放題だ。ノクスはアイビーを街に引き入れたことを若干後悔し、防御魔術の次回更新は慎重に検討しようと決めた。
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