第42話 二人は術具研究所の所長に会った
買い物の後は、内陸部の首都やガラクシアではまず出てこない海の幸をふんだんに使った昼食を味わい、午後はいよいよ、術具研究所に向かう。
「この塔自体が研究所だったのか」
ずっと気になっていた高い円筒形の塔の周りは、広くフェンスに囲われていた。ノクスはてっぺんを見上げて少しふらついた。
「研究種別に分かれて、四つあります。今日は生活魔術具の研究塔です」
「へえ……。ほかの三つは?」
「乗り物や業務用設備を研究する大型術具塔と、魔物撃退のための攻撃手段を研究する塔、結界装置などの防衛術具を開発や改良を研究する塔です」
一つずつ手で示しながら説明するナーナ。防衛術具塔は同じく街の中にあったが、攻撃術具塔は街の郊外に、大型術具塔は海の側に建っていた。
「防衛術具の開発かあ。それでサースロッソの結界装置は、範囲が広いんだな」
単に公爵の直属領だからというだけではなかった。実験を兼ねて、最新技術が導入されているのだ。
「ノクス様の魔術を見せたら、どの塔でも喜ばれると思いますよ」
「だといいんだけど」
言いながら、門番のいない門の前で待つことしばし。突如、ガラガラと門が開いた。
「入っていいの?」
「はい」
領主の娘が来たというのに出迎えも何もないが、先導するナーナを見るに、これが研究所の通常運行だということがノクスにもわかった。
塔まで真っ直ぐに歩き、重そうな鉄扉の前にナーナが立つと、またしても扉は独りでに開いた。
塔の中では、地味な制服を着た人々が忙しなく行き交っていた。いずれもナーナとノクスを一瞥すると、会釈するだけですぐに作業に戻ってしまう。
と、部屋の中心に鎮座していた扉が開き、中から人影が現れた。ひょろりと背が高い猫背の男性で、髪の色はアッシュグリーン。やたらと分厚く重そうなゴーグルを掛けていて、目元が見えない。
「あー……、ええと……。お嬢、お久しぶりっす……」
「お久しぶりです、アイギア」
男性は、ナーナを見つけると、話し慣れていない様子でモソモソと喋る。続いてノクスを見て、
「……白い魔力。……珍しい人、連れてきましたね……」
しげしげと足元から頭まで眺めると、小さくお辞儀した。
「ノクス様です。術具に興味があるそうです」
ナーナはガラクシア家の息子だとも王子だとも言わず、簡潔に紹介した。
「……初めまして……。術具研究所の所長、アイギアっす……」
「魔力の色が見えるのか」
「ええ、まあ……」
「アイギアは、人や魔物の魔力が見える体質なのだそうです」
「へえ……」
人間の中に稀に特異体質が現れるという話は、ジェニーから聞いたことがあった。ノクスもそうではないかと詳しく調べてくれたのだ。
「……お嬢が、直々に連れていらしたということは、偉い方なんでしょう? ……ええと……、ゴーグルを外さないご無礼をお許しください……」
「そのゴーグルも術具なんだろ? 何か理由が?」
「……ええと」
幾度となく説明しているのだろう。面倒くさそうな様子を隠さなかった。代わりにナーナが説明する。
「人が魔力の塊にしか見えないらしく、術具で視界を補っているんです」
「大変だな……」
呪いではないとは言え、ノクスの呪いよりもよほど厄介そうだ。
「……もう、慣れました……」
言いながら、ふらりと踵を返す。付いてこいと言いたいようだった。
先ほど出てきた扉の中に入っていくアイギアの後に付いて、ナーナと共に中に入る。と、あまり広くない空間だった。
「昇降機です。これで上階に行けるのです」
ナーナが説明している間にアイギアが壁の操作盤に触れる。扉が閉まり、不意に身体が浮き上がるような感覚が生まれた。
「垂直に浮くのか。面白いな」
足元の床が淡く緑に光っていた。
「……使用者の魔力を食うので、みだりに使うと閉じ込められますけどね……」
これで空も飛べないだろうかとノクスが真剣に考えているうちに昇降機は止まり、扉が開いた。
「……どうぞ……」
外に出ると、様々なよくわからない装置があちこちに転がっていて、壁には何かの式や文字がびっしり書かれた紙が至るところに貼ってあった。
「……第一研究室っす……。……実用化前の術具の、試作品を作ったりしています……」
前置きも何もなく大変面倒くさそうだが、案内はしてくれるらしい。公爵家の命令には抗えないということかと、ノクスは少し申し訳なくなった。
「……研究室は、実用化レベルごとに、第三まであって……。……食堂階と、休憩所と、俺の部屋があります……」
「部屋? アイギアはここに住んでるのか?」
「っす……」
小さく頷いた。
「両親も、外に出るように言っているのですが。ゴーグルは目立ちますし、あまり人に会いたくないそうです」
「そっか……。なんだか、案内をさせて悪かったなあ」
「……白い魔力を見れたんで、別にいいっす……」
好奇心は強いようだった。ノクスは妙な親近感を覚えて、質問を重ねた。
「魔力って、何色が多いんだ?」
「……この辺で多いのは、青とか、緑とか……?」
「ナーナは?」
「お嬢と、アルニリカ様は、綺麗な真っ赤っす……」
「じゃあ、アルニリカ様も火属性の魔術に適正があるのかな」
ナーナが頷いた。
「私同様、あまり得意ではありませんが」
「……でも……。……お嬢は、少し腕を上げたんじゃないっすか」
「え?」
そう言われてもピンと来ず、ナーナは自分の手を見て首を傾げる。
「防御魔術の練習をしてるからじゃないか?」
「アイギア、そんなこともわかるのですか?」
すると、緩慢に頷いた。ゴーグルが重くて、あまり首を動かしたくないようだった。
「……魔術の素養の有無は、一目見れば。ノクス様は、すごいっすね……。量も練度も……」
「そうでしょう」
ナーナのほうが胸を張って嬉しそうにしていた。アイギアはそれを見て、
「……なるほど。……お嬢の、彼氏っすか……」
とうとう勘付いた。
「そうです」
婚約者は確定ではないが、彼氏かと問われれば間違いない。ナーナは胸を張ったまま自信を持って頷き、ノクスは隣で頬を染めていたが、アイギアには見えなかった。
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