第43話 王子は術具研の救世主として歓迎された

 ノクスに対するアイギアの認識が「おそらく偉い人」から「お嬢様の彼氏」になった途端、態度が軟化した。


「……早く言ってくださいよ……。無駄に緊張したじゃないっすか……」


 モソモソとした喋り方は変わらないが、少し気を許したアイギアはアッシュグリーンの髪を掻き、猫背が悪化した。


「……ええと、ノクス様? ……そう簡単に尽きなさそうな魔力量を見て、一つ頼みたいことが、あります」

「危険なことじゃなければ」


 忙しそうなところを見学させてもらっている礼に、魔術を見せるくらいならやぶさかではないが、とノクスは頷いた。すると、


「……危険、じゃないと思います。……正常に動けば」


 妙に含みのある言い方をしながら、アイギアはのっそりと第一研究室の奥に歩いて行き、ノクスとナーナは顔を見合わせてから後を追った。


「……これなんすけど」


 被せていた布を外すと、そこには奇妙な装置があった。一抱えほどの大きさのコロンとした円筒形に、脚がついたような形。しっかり閉まる頑丈な蓋が付いていた。


「……これに、魔力を通してみてくれませんか。……起動するまで」

「……試作品を作ったけど、起動に必要な魔力量が多すぎて、誰も起動できなかったってこと?」

「……っす」


 術具は結界装置など大気中の魔力を集める特殊なものを除いて、起動する者の魔力で発動する。魔力吸収機構を持つ術具は、それだけで金額が五倍は違う。


「……起動しないことには、どこに不具合があって、どこが削れるのかもわかんなくって……」

「なるほど。ちなみに、何に使う術具?」

「……炊飯、っす」

「……炊飯?」


 食事の用意をすることだ。この装置でどうやって、とノクスが首を傾げていたら、


「お米を炊くのですか?」


 ナーナも首を傾げた。


「米?」

「ゼーピアの主食になっている穀物で、アコールではサースロッソでしか栽培されていません。確かに、術具で簡単に炊ければ便利ですが……」


 現在は竈と専用の鍋を使って炊くのが主流だが、火加減の調整が難しいのだという。


「へえ……」

「……じゃあ、ちょっと、米持ってくるんで、待っててください……」


 アイギアは何故か少しそわそわした様子で炊飯術具の蓋を開け、中に入っていた深い金属製の容器をよいしょと抱えて昇降機でどこかに向かった。


 *****


 戻ってきたアイギアは、水の入ったガラス容器を持った助手を連れていた。大きな丸眼鏡を掛けた小柄な女性は、何やら目を輝かせていた。

 アイギアが洗った米の入った容器を術具の中に入れ、助手の女性が水を規定量注いで蓋をする。

 そして、


「……お願いします」


 ゴーグルを付けていてもわかる真剣な表情で、サッと術具を示した。噂を聞きつけた研究員たちが、わらわらと集まってくる。


「ここに手を当てて、魔力を流し込んでください」


 大勢から注目される中で魔術を使うことがほとんどないノクスは少し緊張しながら、何やら一大事業らしい、と勘付く。


「こうかな」


 瞑想したり新しい魔術を考案したりする時の要領で、言われた通りに術具の胴の部分に取り付けられた石に、魔力を何にも変換せずに流した。


 それから数十秒の後、チン! という金属音がして、石が光った。

 瞬間、


「動いた!!!!!」

「うわっ、びっくりした」


 アイギアが、そんな大きな声が出せたのかという音量で叫んだ。


「マジすか!!」

「すげえ!! 誰も起動できなかったのに!!」


 そして研究室中が沸いた。


「……ノクス様、あの、無理はされてませんか。魔力の使いすぎで、体調が悪くなったりとかは……」

「大丈夫。もっとたくさん使ったこともあるけど、倒れたことはないよ」


 ドットスパイダーを倒した時に使った分よりは少ない。赤五つになるまでに様々な魔物を屠ってきたが、ノクスは魔力切れの症状を経験したことはなかった。


 むしろアイビーの口ぶりからすると、きちんと発散したほうが漏れ出す魔力は少なくなるようだったので、定期的に大きな魔術を発動するべきかと考えていたところだ。

 「漏れない程度に吸う」というのは新鮮な魔術師の血欲しさの方便かもしれないが、と思いながらも、もし使い切れるのなら限界を知るのも悪くないな、と、ナーナが聞いたら全力で止めそうな考えがよぎるノクスだった。


「試作室の救世主だ!!!」

「まだ余裕あります!? 他にも試していただきたい術具が!!」


 先ほどまでは「ただの施設見学したい貴族か」くらいの視線で興味なさげだった職員たちが、ギラギラと目を血走らせながら様々な機材を抱えて我先にと駆け寄ってきた。


「お前らステイ! お嬢の彼氏様だぞ! 粗相のないようにしろ!!」


 アイギアが慌ててノクスを庇い、職員たちに負けない声量で制止した。ノクスは先ほどまでとのテンションと声の差に驚きながら、所長の指示に従って引き下がる職員一同を見て、慕われているのだなと察した。


 それからアイギアは気まずそうに咳払いをして、元の声量で訊ねる。


「……あの、ノクス様……。……炊き上がるまで、おそらく一時間ほど掛かるので、もしお時間と、魔力がございましたら、彼らの研究にも、付き合っていただけませんか……」

「ナーナが良ければ」


 面白そうなので承諾したいが、ナーナがつまらないのでは、と一旦確認するノクス。


「私は構いません。今日は一日、ノクス様のお供をする予定ですから」


 きっと術具研に行ったら午後は潰れるだろうと踏んで、他に何の予定も入れなかった賢いナーナだった。

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