第82話 王子は狼と対峙した
最下層を前にして慣れた様子で武器を構えるグレアムたちに、ノクスは声を掛けた。
「ここの主は、大型のウルフ種でしたっけ」
事前に伯爵から聞いていた情報を改めて確認する。
「ああ、シルバーウルフの変異個体ってとこだ。周りに取り巻きが三体」
「魔法は?」
「一番気をつけるのは咆哮だな。まともに喰らうと気絶する。あと、爪は
風の斬撃が付いてくる。見た目よりリーチが長いから気をつけろ」
「剣は通りますか?」
「まともな剣に強化魔術を付ければ首を落とせる」
グレアムは自分の手にある剣を少し持ち上げた。それが彼らのいつものやり方だということだ。おそらくグレアムもラノと同じで自分の身体強化には魔術が使えるタイプなのだろうと、ノクスは刃こぼれのない上等な剣をしげしげと見た。
ウルフ種は素早さが高く、牙も爪も鋭利なため立ち回りが重要になる。グレアムパーティーは連携して戦うことに慣れており、若干大雑把なところがあるグレアムとモリーにとっては、ウィスプの核ほどの精密さが求められない大型の魔獣のほうが相手にしやすいようだ。などと考えていると、
「もうノクスに倒してもらえばいいんじゃない? 倒せるでしょ、たぶん」
名案とばかりに言い出すモリーをグレアムは睨んだ。
「組合から依頼受けてんのは俺たちだろうが。他人の手柄を報告するつもりか?」
冒険者としてそれは許せないらしい。
「でもホラ、ノクスがあいつとどう戦うのか、ちょっと見てみたくない? 参考になるかもよ」
「私も見てみたいですね!」
「お前らなあ」
ネイトは元気に賛同した。パーティーの中では最年長でも、一番好奇心旺盛だった。
「私程度の力量では参考にできることはないかもしれませんが、せっかくですから高出力の攻撃魔術が見てみたいです」
ついでにリクエストまでつけてくる厚かましさ。彼の雰囲気は術具研の職員たちと似ている気がするなと、ノクスは口には出さずに考えていた。
「俺は構いませんが……。リーダーはグレアムでしょう? グレアムの指示に従います」
「……わかった。確かに気にはなる。報酬は核でどうだ」
「助かります」
最終的にグレアムが折れ、ノクスがいつも通り戦ってみせることになった。
最下層は広々とした草原だった。見渡す限りどこまでも地平線で、今し方下りてきた階段は平坦な草地の真ん中にぽつんと立っている石造りのアーチの向こうに、正面から見た時しか見えない奇妙な形で存在していた。
「ナーナと伯爵は、階段から出ないように」
そう言い含めてから、ノクスはアーチの内側から外の様子を伺う。迷宮の主である巨大な銀色の狼とその取り巻きの小狼――迷宮の外で見る種より大型だが対比で小さく見える――は、一面の緑の中に寝そべっていたが、外敵の気配に気付いて立ち上がり、低く構えた。ノクスは階段をグレアムたちに守らせ、外側に二重の障壁を張った。
「アイギア所長を引っ張れなかっただけでも悔しがっていたのに、こんな逸材が術具研にいるなんて知ったら、宮廷魔術師団は血の涙を流すでしょうね」
いい気味だと言いながら、ネイトは暢気に杖の先で障壁をつついている。
「草地だから、炎錬砲だと燃え広がって危険かな」
一人で前に出たノクスは、靴の裏で足元の感触を確かめた。手っ取り早く終わらせるにはとにかく大きくて威力の高い魔術で仕留めるのが一番だが、少しでもナーナに危険がある手段は避けたい。ブツブツと呟く姿を見て、伯爵がナーナに訊ねる。
「彼はいつもあんな感じなのですか?」
「? はい」
ナーナは頷きながらも、どういう意味だろうかと首を傾げた。
いつも一緒にいるナーナにはよくわからなかったが、ノクスは冒険者としての面が表に出てくると雰囲気が変わる。伯爵の目には、一見ゆるく立っているだけに見えるが隙がなく、どう打ち込んでも勝ち筋が見えない得体の知れない相手に見えた。伯爵だけでなくグレアムとモリーも、いつの間にか武器を握る手に力が入っている。
「『鎌鼬』」
スッと向けた指先から暴風が生まれ、ノクスは吹き飛びそうになった帽子を押さえた。銀狼は高く飛び上がって避けるが、小狼たちは追尾してくる風の刃を避けきれず、短い悲鳴と血しぶきを上げて倒れた。
「『地耕』」
休むことなく地面に手を当てると、ウルフの着地点が波打ち草地がぼこぼこと隆起し、小狼の死骸を飲み込みながらむき出しの土に変わった。察知したウルフは大きな足が着地する直前に体勢を変え、宙返りをしながら後ろに飛び下がる。
「着地前に風の魔法で自分を吹っ飛ばしたのか。なるほど……」
爪から発されるという風魔法は汎用性があるらしいと、ノクスは興味深く観察する。
「爪を封じれば風魔法は使えなくなるのかな。『水球』『氷結界』」
突然頭上から降ってきた水の塊に虚を突かれた銀狼は、直撃は避けたものの地面に落ちた大量の水で足元を濡らし、銀色の毛並みが泥で汚れた。ほぼ同時に辺りに冷気が漂い始め、罠に掛かったと気付いた時には四つの脚がかかとまで凍りついていた。
「すごいですよ! ねえ、ちゃんと見てますか二人とも!」
「落ち着けよおっさん」
思いつきを試すだけのために繰り出される立て続けの極大魔術を見て、ネイトはアクション演劇でも見ているかのように拳を突き上げて興奮していた。
「これだから剣士は。このすごさがわからないなんて可哀想に」
「お前だって剣のことはなまくらと業物の違いもわからんくせに」
「真面目に見なよ。ナーナを守れなかったらあの攻撃があたしらに向くかもしれないんだぞ」
いつもの緊張感のない男どもの言い合いに、モリーがつい気を取られた時だった。
「全員耳を塞げ!」
ノクスの声が響き、ナーナと伯爵も含めその場にいた全員の身体が考えるよりも先に動いた。直後に二重の障壁越しでもびりびりとした振動が伝わってきて、爪を封じられた銀狼が吠えたのだとわかった。驚いて目を瞑り、次に目を開けた時には銀狼の首と胴体が離れており、どす黒い血を流しながら息絶えていた。
「大丈夫ですか!? 喰らった人は!?」
ノクスが慌てて戻ってくる。障壁が解かれ、全員がまだ耳を塞いでぽかんとしている中、
「良かった、誰も気絶してませんね」
ほっと息を吐いた。それでもまだ耳に手を当てたままの面々を見て、ノクスは不思議そうに首を傾げる。
「? もう塞がなくて大丈夫ですよ」
手のひら越しのくぐもった声を聞いて、グレアムたちもアーチの向こうから覗いていたナーナと伯爵も、顔を見合わせながらそろりと手を離した。
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