第47話 王子と姫と所長は吸血鬼を見直した

 ノクスたちが再び生活術具塔を訪れると、職員たちは昨日よりも丁重にお辞儀をして、一部は尊敬の眼差しを向けてきた。


「……おはざっす……」


 すぐに昇降機から降りてきたアイギアは、欠伸をかみ殺しながら出迎えた。


「……吸血鬼の子、ほかの職員にはノクス様の妹って説明してるんで、話、合わせてくださいね……」


 狭い昇降機の中で、アイギアはぽつりと言う。魔物の侵入幇助はやはり重罪だった。


「妹? ……ふむ、わかった。演技は得意じゃぞ」

「……本当に?」


 初対面での雑な村娘ムーブを忘れていないノクスだった。


「まあ、目の色は似てるし、意外とバレない気がするからいいか……」


 昇降機の中は内緒話にも最適とわかったところで、着いたのは最上階だった。


「……この階は、俺の部屋と、応接室っす」


 相変わらず案内が苦手なアイギアの後を追い、着いた先には上等な調度品が整然と並んだ部屋があった。


「思ったより綺麗じゃな」


 一階のごみごみとした様子を見ていたせいで、余計に綺麗に見える。


「……偉い人が一番長くいるのは、ここなんで……」


 予算を貰うためのハリボテだった。


「……最上階に来る権限を持ってるのは、俺とメイと、サースロッソ公爵家のご家族だけっす。……盗聴とかは、心配いりません……」

「わかった。それで、アイビーと何の話がしたいんだ?」

「……俺の目について、詳しそうだったんで……」


 そう言って、アイギアはゴーグルを外した。


「む? グレーの目は、首長の血縁じゃぞ。思っていたより大物が出たな。面白い」


 アイビーは犬歯を覗かせてにやりと笑った。


「アイビー、エルフの族長と会ったことがあるのか」

「わらわの町も西にあると言ったじゃろ。魔族の町同士、『お隣さん』じゃ」

「え? エルフ族が魔族?」


 人間の認識では、エルフは人間の分類の別種族だ。


「そうじゃぞ?」


 当たり前だと言わんばかりに、きょとんとした顔で首を傾げるアイビー。


「首長は引きこもりじゃから出て来ぬと思うが、息子か孫か、きっとこやつと同じグレーの目が会議にも来るはずじゃ。楽しみにしておれ」

「そうだったのか……」


 と、そこでノクスはあることに気付く。アイギアがエルフ族の末裔で、エルフ族は魔族ということは。


「……もしかして、魔物と魔族は別もの?」

「別ものとまでは言わぬ。魔族は、魔物と言われれば魔物じゃ」

「でも、魔族と人間の間には、子供が生まれるんだよな」

「子ができたからと、わらわの町に『かけおち』してきた者もおるぞ」


 何でもないことのように、アイビーは頷いた。


 アイギアもナーナも、ぽかんと口を開けている。初耳どころの話ではない。「吸血鬼は魔物の種族でエルフは人間の種族」「人間と魔物の間には子を成せない」という、人間の間で広まっている常識や学説を根本から覆す事実だった。


「そも、ぬしらは昔から、同胞でも都合良く魔物扱いするではないか。分類に何の意味がある」


 世界中の歴史の中に、「実は魔物だった」として処刑された者の例はいくらでもある。ノクス自身、自分を人間扱いしない人間をいくらでも見てきた。

 人間か魔物かという分類はあくまでも、「普通の人間の脅威となるか」という点で解釈されたものなのだ。


 しんと静まり返った応接室で、アイギアが口を開いた。


「ええと……俺は、いわゆる『先祖返り』って奴で……。うちの家系に、たまに出るんだけど……」

「目の使い方までは受け継がれておらぬということか。良かろう、その目も魔法の一つじゃ。わらわが教えてやる」


 そう言うと、アイビーは行儀悪くローテーブルに乗って、膝でのそのそと反対側に移動し始めた。短いフリルスカートの中が見えそうになったところで、ノクスはナーナにサッと目を塞がれたが、短めのドロワーズが覗いただけだった。


 赤い目が近付き、思わず仰け反るアイギアの頭を掴んで引き寄せるアイビー。


「いてっ」


 乱暴に額を合わせたせいで鈍い音がして、アイギアが声を上げた。ノクスとナーナは慌ててアイビーの奇行を止めようとしたが、


「目を閉じよ。内側にある力を感じよ」


 思いのほか静かな声に、引き剥がそうとした手を止める。


「おぬし自身の魔力が見えるか? ――人間の魔力とエルフの魔力が絡まっておるな。それを解きほぐせ」

「……」


 言われるままに、見えた景色を操ることに専念するアイギア。


「その目はエルフの魔力でしか制御できぬ。せっかく生まれ持った力じゃ。疎まず、隠さず、上手く使いこなすがよい」


 そう言うと、アイビーは頭から手を離した。目を開けたアイギアは、驚いた顔でノクスとナーナ、そして机の上に乗ったままのアイビーを見る。今までゴーグル無しでは輪郭すら掴めなかった姿が、人の形に収まって見えるようになっていた。


「感覚は掴んだな?」

「……っす」


 瞬きを繰り返しながら、小さく頷いた。アイビーも満足そうに頷き返し、のそのそとソファーに戻った。


「まだしばらくは、その補助具も必要じゃろ。魔法を人間の魔力で制御しようとするとは、面白いものを作りよる」

「……いやあ、恐れ入りました……」


 アイギアは慣れない視界に目頭を揉み、深々と頭を下げた。


「エルフの目は、魔力を見分けるだけの目ではないぞ。精進せよ!」


 胸を張ってにゃははと笑うアイビーを見て、「実はめちゃくちゃすごい奴なのでは?」と今までに働いた無礼の数々を思い返すノクスとナーナだった。


「お嬢とノクス様も。改めて、ありがとうございます」

「え? なんで俺たち?」

「お二人がアイビーさんを町から排除しなかったおかげで、俺の長年の悩みが一つ消えるんす。一生掛けても返せない恩だ」


 彼もまた、ノクス同様に生まれ持ったものに振り回されてきた人間だった。妙な親近感の根源はそこか、としんみりしている横で、


「アイビー『さん』って可愛くないのう。アイビーちゃんと呼べ」

「なんなりと……」


 謎の主従関係が生まれていた。

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