第28話 メイドは王子が酔うところが見たかった
南に延びる歩きやすい石畳の道を進みながら、ノクスは昨日聞いた石付きの特典をナーナに説明していた。
「って感じで、俺はもう、頻繁に冒険者証を更新する必要はないんだって」
アストラの同行者というだけでナーナが狙われる可能性があることは伏せ、ただ「月一くらいは仕事をしてほしいと頼まれた」とだけ伝えた。
「でしたら、次はサースロッソに着いてからで大丈夫そうですね」
「うん。でも、この先は途中から山道になるだろ? 宿場が少ないから、しばらく野宿になる。結局魔物退治しなくちゃいけなくなるんじゃないかなあ」
宿場で魔物の心配をせずに夜を過ごせるのは、魔物除けの結界魔術装置が設置してあるからだ。
結界装置は高価なので、個人で持つのは現実的ではない。公費で開設された宿場の周りに人々が庇護を求めて避難してきたことで、それぞれが町になった。
つまり宿場の外では常に魔物と鉢合わせる心配があるのだが、ナーナは暢気なものだった。
「ノクス様がいれば、どこでも宿場のようなものでは?」
何しろ町の結界装置よりもよほど優秀な防御魔術を張れるし、屋根付きの家もベッドも用意できる。収納魔術でいつでも新鮮な食材を使った食事が摂れて、水の魔術は洗濯に便利だし、温めれば湯も使える。ナーナがガラクシアに来る時の行程とは比べものにならないくらい気楽な旅だ。
「確かに。……いっそのこと、そういう商売を始めようかな」
旅に同行して好きな場所に拠点を作るサービス。商人や物好きな貴族連中なら、多少ふっかけても需要があるのではと、真剣に考えるノクスだった。
「いけませんよ、もっと大がかりなことに利用しようとする輩が出てきます」
好きな場所に簡単に強固な拠点を作れるというのは、戦においても大変有利だ。強い魔術師はどこに行っても引く手数多であらゆる組織が常に求めているというのに、そんな便利な魔術まで使えることが知れたら、ノクスを手に入れるために血が流れるレベルだ。
「それもそうか。やっぱり冒険者が性に合ってるってことかな」
――ノクスに魔術の才能があることがわかった時、ジェニーは何度も何度も、繰り返し言い聞かせた。
「きみには力がある。誰にも従うな。自分のために魔術を使うんだ」
それはノクスを守るための言葉だった。魔術を教えたのがエドウィンの配下ではなくジェニーだったことは、幼いノクスにとって幸運だったかもしれない。
「……」
ナーナはノクスをただの冒険者にしておくつもりはないので、肯定も否定もしなかった。
そんなやり取りをしながら、またいくつか宿場町を経由する。その度に、ノクスは冒険者組合にも寄った。依頼は受けなくて良いのにどうしてかと首を傾げるナーナに、
「掲示板を見れば、どんな魔物や事件が発生してるかわかるだろ」
と説明した。もし気になる内容があれば、職員から直接話を聞くことだってできる。
「ジェニーは『きな臭い話は酒場が一番』って言ってたけど、俺たちの見た目じゃナメられるだろうしさ」
宿場には大体酒場があり、酔って陽気になった人間は口を滑らせやすい。ちょっと盛り上げれば、様々なことを話してくれると、ジェニーは笑っていた。
しかし普段のノクスは物腰の柔らかい少年だ。大抵の獲物は遠距離から一撃で屠るためあまり服が傷まないし、見ているだけのナーナに至っては、ようやく着慣れてきたという程度。
――隣国の王位継承権を持つ姫と、自らも王子でありながら護衛をたった一人で務める赤五つの冒険者だなんて、誰が思うだろうか。
そこでふと、ナーナは気になることがあった。
「……そういえばノクス様。お酒を飲んだことは?」
「……ないね」
ジェニーは破天荒な人物だが、ノクスに教えられる程度の常識は持っている。未成年、それも一応は王子に、無理に酒を勧めてくることはなかった。
「成人したら一緒に飲もうね」と言われていたが、ナーナがいる手前、今回は夜の街に誘うのを遠慮してくれたのだろう。
「次の町で飲んでみますか、お酒」
「えっ」
ナーナの考えることはただ一つ。酔っ払ったノクスが見てみたい。
つい先日悪戯をして反撃されたばかりだというのに、好奇心旺盛だった。
*****
ジェニーが話のついでに言っていた「美味い酒が飲みたいだけなら地元民が入っていく酒場に行け」という言葉が、役に立つ日が来るとは。
雰囲気の良い酒場のカウンターで、ノクスは出された酒に感心していた。店主におすすめを聞いたら、飲み慣れていないことがわかっている様子で、香りの良い弱めの酒がスッと出てきたのだ。
「そういえば、ゼーピア人はお酒が強い体質の人が多いって、本に書いてあったな」
「ええ、アコール人の父よりも、母のほうが圧倒的に強いです」
そういうナーナは、「~~はありますか」とノクスの知らない酒を注文し、既に二杯目だが顔色一つ変えない。
一方ノクスはつまみの干し肉の味が気に入り、酒よりもそちらのほうが進んでいる。
それはそれで可愛らしいのだが、これではいつまで経っても酔いそうにない。
「ノクス様、こちらも飲んでみませんか。甘くて美味しいですよ」
ナーナは飲みかけを勧めてみた。甘いのは本当だ。度数も高いが。
「本当? じゃあ一口だけ」
策略とも知らず、素直に受け取りぐび、と飲んでみるノクス。
「本当だ、甘い。あっ、でも喉に来るなこれ」
少しだけ頬に赤みが差し、いつもより朗らかに笑っている気がするので、多少は酔っているのかもしれない。しかし、ありがとう、と本当に一口だけで返されてしまった。
「お気に召しませんでしたか」
「ううん、美味しかったよ。でも、ナーナの分だし。せっかくだから、次は他のを頼んでみるよ」
節度がありすぎる。次の案を考えるナーナだった。
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