第33話 王子と吸血鬼は雑談に花を咲かせた

 翌朝、アイビーは『約束』どおり、結界の効果が途切れた辺りに現れた。


「さあ、この山を降りたらサーナントカという街なんじゃろ! 早く行くぞ!」


 と言った後に、ん? と首を傾げた。


「そういえば、ぬしらの名前を聞いておらなんだ。名は何と申す?」


 言われてみれば、と二人で顔を見合わせ、ノクスが口を開く。


「俺はノクス。彼女はナーナ」


 フルネームを言ったところで意味はないだろう。呼び合えれば十分だ。


「ノクスとナーナじゃな! 行くぞノクス! ナーナ!」


 自分が隊長のようなノリで、山道を歩きづらそうな厚底のブーツのまま意気揚々と前を歩いて行くアイビーだった。


 元気な後ろ姿に向かって、ノクスは訊ねる。


「落ち合う場所にわざわざ結界の外を指定したってことは、上位種にも町の結界って効果があるのか?」


 指定するからには、アイビーは宿場を迂回したのだろう。建国以降、人里に上位種が現れることはほとんどないため、どれくらいの魔物まで効果があるかは検証されていない。


「下位種のように一切立ち入れぬということはないが、多少は不愉快じゃ。こう、首やら足やらをちくちく刺してくるというか……。着心地の悪い服を着ているような……」


 もちろん無視して突っ切っていく奴もいるが、自称繊細なアイビーは、避けて通れる時には避けるということだった。


「忌避剤くらいの効果はあるってことか」

「うむ。嫌がらせには持って来いじゃ。人間もなかなか良い物を作りよる」


 確かに人間にとっては偉大な発明だが、魔物感覚の良い物の基準がおかしい。


「逆に魔族の町にも、人間避けが作れぬものか……。冒険者とかいう奴ら、地形を変えても茨で遮っても幻覚で迷わせても、何とかして辿り着こうとしよる」

「魔族の町?」

「うむ。西のほうにあってな、わらわが治めておる」

「聞いたことないな。そんな場所があったら、冒険者の間で話題になってそうなものだけど」


 少なくともジェニーの耳には入るはずだ。しかし、様々な国や町の話をしてくれたジェニーも、魔物の町の話をしたことはなかった。


「そりゃ、まあ……。害を為す者は殺すし、記録しようとする者は記憶を消して追い返しておるからな」

「随分優しい措置だなあ。アンタなら、近くの人間の町を滅ぼして警告するくらいのことは簡単だろ?」

「警告なんぞして場所を知らしめたら、余計に侵入者が増えて面倒になるだけじゃ。わらわはそも、人間と敵対するつもりなぞない」

「そうなの?」


 魔物は基本的に人間を害する存在だというのが、人間側の認識だ。だから無害な魔物でも恐れて駆除しようとする。なのに、


「言うことを聞かぬ者がおったほうが、面白いじゃろ?」


 いざとなればいつでも言うことを聞かせられる自信がある、圧倒的強者の意見だった。


「人間は同じ人間も魔物も従わせようとして必死なのに、面白い考えだなあ」

「全てが自身に従うだけの世界なぞ、面白くも何ともなかろうに。人間こそ奇妙なことを考える」


 腕を組んで心底不思議そうに首を傾げるアイビーを見て、


「……それもそうだ」


 ノクスは、ふ、と笑った。


 それを見て、それまで黙ってノクスとアイビーのやり取りを聞いていたナーナが突然口を開いた。


「町を作ったり、集まって会議をしたりするなんて、魔物にも人間のような秩序があるのですね」

「う? まあ、そうじゃな。群れで暮らす魔物は大なり小なり巣を作るが、わらわは確かに人間の真似をしておる! 人間というか、伝え聞く王の真似じゃな」

「魔王も町を作っていたのですか?」


 ナーナは少し驚いた様子で聞き返した。


「うむ、同族だけでなく、あらゆる魔物を受け入れた巨大な町だったと聞いている。その王が、人間の真似をしておったという話じゃ」


 魔王は種を問わず全ての個体を従えることができたとジェニーが話していた。従えた魔物たちを、自分が作った町に住まわせていたということか。

 ジェニーすら知らない情報を持っているとは、やはり魔物のことは魔物に聞くに限るなと、ノクスは感心した。


 何故それをアイビーが真似しているかといえば、聞くまでもなく「面白そうだから」なのだろう。二人は段々と、アイビーの行動原理が分かってきた。


「会議はそれこそ、王のいた時代の名残と聞いた。人間の言葉を解するようになったのもな」

「魔物の中に、わざわざ人間語を勉強する奴が現れたってこと?」

「そうじゃ。かの王は流暢に話し、他の魔族にも教えていたという。今も、わらわのようにすらすらと喋れるものはそうおらなんだぞ!」


 アイビーは誇らしげだった。


「そう聞くと、魔王はおかしな奴だったんだなあ」


 町を作って統治し、民に教育を施すなど、まるで人間の王のようだ。


「わらわもよくおかしいと言われるが、おぬしも十分おかしな奴じゃぞ。ちょっと腕に覚えのある冒険者は、わらわが吸血鬼だとわかったら大概斬りかかってくるというのに、同じ人間のように扱う」

「何かやらかしてるならまだしも、言葉が通じて友好的な態度の相手に、いきなり斬りかかるほうがおかしいだろ」


 撃ち落としたのは確認のためだ。アイビーも人里に不用意に近づいた自分にも非があると、気にしていなかった。


「……それもそうじゃな?」


 冒険者は功績や名声に目が眩んでいるところがある。吸血鬼を倒したとなれば一躍英雄だ。そしてそのいずれも、アイビーの前に灰燼に帰したというわけだ。


「じゃが、おぬしは今まで斬りかかってきた者よりも間違いなく強い! どうじゃ? 一発撃ち込んでみんか? 許すぞ?」

「群れの長をやってるような吸血種が褒めてくれるってことは、竜にも通用しそうだな」

「もちろん。千年竜でもなければ十分じゃろ。なんじゃ? 竜とやりあう予定があるのか?」


 赤い目を輝かせるアイビー。混ぜろと言わんばかりだ。


「冒険者をしてればそういう機会もあるかもって話」

「なんじゃ、つまらん」


 ナーナは二人が和気あいあいと会話をする姿を交互に見て、


「……」


 ノクスは実はお喋りが好きなのでは、無口な自分といるのはつまらないのではと、一人不安になっていた。

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