第63話 二人はサースロッソを出発した
何と言って説き伏せたかはわからないが、ナーナは無事、両親からノクスと共にシシーに行く許可をもぎ取った。
せっせと旅支度をしているナーナを見て、
「もう、少しもじっとしていないんだから」
アルニリカは、せっかく帰ってきた娘が季節も越さないうちにまた旅に出ることに、ため息をついている。
「……まあ、若い頃にしかできないことだから」
ケヴィンはというと、自身も十代の頃にゼーピアに留学していた経験があるからか、心配そうにしながらもあまり強くは引き留めなかった。
「同じ領内ですし、ガラクシアよりはずっと近いですから。ちょっと観光してから帰ってきても、ほんの二週間ほどですよ」
あっさりとしているのはナーナ本人だけだ。
「それはそうだけど……」
「すみません、俺の問題にナーナを付き合わせてしまって」
四年も離れていて、せっかく揃った家族の時間を取り上げるようで、ノクスは申し訳なく思う。しかし、
「いいんです。どうせこの子が自分から言い出したんでしょう」
アルニリカは首を振った。
「わざわざナーナが行かなくたって、公爵の署名が入った書状一枚持っていけば、小領主は協力を拒めません。この子だってわかってるくせに、それを言わないのですから」
確かに、とナーナを見ると、バレたか、という雰囲気を醸しながらスッと目を逸らした。大人びて見えるナーナだが、両親の前では時々子どもっぽい仕草をする。彼女の新しい一面を見るようで、ノクスはサースロッソ家のやり取りが好きだった。
「……決まったからには、サースロッソ観光の延長だと思って、楽しんでいらしてください。私のほうからも、先に手紙を送って協力を要請しておきます」
ナーナの性格を熟知している二人は、最終的には快く送り出してくれた。
ナーナが言っていたとおり、小領主がいる隣町のシシーは、片道一週間ほどの道のりだ。
とは言え街道のように道がきちんと整備されているわけではなく、宿場も辛うじて一つ二つある程度なので、道中は半分以上が野宿になる。
「距離は近くても危険は増えると思うから、気をつけて行こう」
「はい」
久しぶりに見たような気がする冒険者装備のナーナと共に、ノクスは再びサースロッソを後にした。
***
防御魔術を習得したナーナは、アイビー発案の日焼け防止魔術も使えるようになっていた。
「アイビー様のように、密着させるような形で纏うのは難しいですが」
「あれ、どうやるんだろうなあ。もう少し詳しく聞いておけば良かった」
いるといるで騒がしい吸血鬼だが、いないとなんだか寂しい気もする。
「まあ、遊びに来いって言ってたし。落ち着いたら、改めて西側を旅行するのもいいかもしれないな」
「はい」
などと言いながら、強くなってきた日光の下を暢気に歩く。途中、人が操る馬が、速歩で二人を追い抜いていった。
「今のは、速達屋か」
「そのようです。もしかすると、父の手紙をシシーまで運ぶところかもしれませんね」
急ぎの手紙や荷物を届けるのが速達屋の仕事だ。今通った彼らが行くのは次の宿場まで。宿場からシシーまでは別の配達員と馬が運ぶため、少々飛ばしても休憩時間が必要なく、一人の人間が運ぶよりも短い時間で配達できるというわけだ。
「俺たちも馬を借りるべきだったかな」
馬も長く乗れば疲れるが、徒歩で歩き通しだった時の比ではない。収納魔術で荷物は最小限なので、馬の負担も少なくなる。
「ノクス様は乗馬もできるのですか?」
「経験は少ないかな。走ったほうが速いし」
ラノから基礎を習い、駆け出しの冒険者の頃に依頼の都合で何度か乗ったが、アストラの名前が売れ始めてからは縁がない。
「私も徒歩のほうがいいです。お話しながら旅ができるので」
「……そっか」
暗にノクスともっと話したいと言われて照れてしまい、ナーナはその顔を満足げに眺めた。
日が傾くまで歩いたところで二人は本道から少し逸れ、野宿の準備を始めることにした。まだサースロッソの結界のギリギリ内側なので、少しでも魔物の心配が少ない場所で休むべきだという判断だった。
「何度見ても、これは画期的だと思います」
土魔術で成形された簡素な建物をペタペタと触り、ナーナは感心する。ひんやりとした分厚い壁はしっかりと熱を遮断するため、中に入ると程よい気温だ。風の音も虫の声も随分軽減されて、安心して眠れる。
「土を固めただけだから、耐久性は少し心許ないけどね」
このまま旅人の休憩所として残しておいてもいいのではないかと考えていると、ノクスは見透かすように言った。
「そうなのですか」
「うん。何の手入れもしなかったら、一ヶ月もせずに崩れてくるんじゃない?」
故にノクスは、使った後にはきちんと崩す。雨宿りした誰かが、万が一にも生き埋めにならないように。
「そうですか……」
せっかくノクスが作ったものなのに、と残念がっていると、
「ここに住みたいの?」
ノクスは冗談のつもりで言い、
「ノクス様と一緒ならどこでも」
毎度のごとく剛速球の愛情表現を受けて顔を逸らした。
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