第2部

第54話 王子は冒険者組合の頼みを忘れていた

 新月の魔物会議から一夜明け、ノクスは朝一番でサースロッソ公爵家の面々に会議で起きたことを伝えた。


「最新の結界をものともしない上位の魔物が、海にそんなにたくさん集まるなんて……」


 アルニリカは祖国と領地を繋ぐ海に思いを馳せ、


「……首都貴族に紛れる魔物がいるとは……」


 ケヴィンは王国内部に巣くう危険分子を懸念し、


「ノクス様は、お身体に不調はないのですね?」


 ナーナはなおも、ノクスを心配していた。


「大丈夫だって。アイビーも一緒だったし、怪我もしてないよ」


 ノクスが宥めてもなお、ジトッと見つめてくる。不調があっても隠しているのではないかと疑っているらしい。


「許されるなら、身ぐるみを剥いで確認したいところですが」

「それは婚姻が成立してからになさい」

「はい……」

「アルニリカ様?」


 何かと大らかな文化をお持ちのゼーピアの王女だった。

 誰も言い出さないので、ノクスは自分から訊ねる。


「……俺が魔王の力を使えることは、誰も気にしないんですね……」


 もはや人間よりも魔族に近い特性だ。屋敷はおろか、サースロッソから追い出されても仕方ないと思っていた。

 しかし、


「一声で魔物を操れるなんて、心強い限りではありませんか」


 危険だとか気味が悪いだとか、そういった感想が一切出てこないあっさりとした一家の様子に、ノクスは拍子抜けしてしまった。


「殿下は、無闇に力を振るうような方ではないでしょう?」


 ノクスの不安を察したアルニリカは微笑む。


「だって、元々ガラクシアの屋敷を吹き飛ばすくらい造作もない力を持っておられるのに、それをしていないのですから」


 うんうんと、ケヴィンとナーナも頷いた。炎を纏った巨大な竜巻を操れるのなら、ガラクシアどころか王城でも容易に壊滅させられる。何を今更と言いたげだった。

 その手があったかと今更思うノクスだったが、過激派思考のサースロッソ家に毒され始めていることに気付いて考えを打ち消した。ラノには迷惑を掛けたくない。


「でも、魔族に目を付けられました。サースロッソから離れないと、迷惑を掛けるかも……」


 アルニリカは首を振る。


「ケイという魔族がノクス殿下の身元を知っていたということは、どこに滞在しているかも自ずとわかるはずです。なのに一晩経っても何も起きていないのなら、今のところは殿下を害する意思はないと見ていいのではないかしら」

「……殿下自身が、彼らへの抑止力となっている可能性が高いですね。しばらくは、様子を見ましょう」


 ケヴィンの言葉がその場の総意となり、朝食と共に行われたサースロッソ家緊急会議はお開きになった。


*****


 一晩中気を張っていたのだから、今日はゆっくり休んだほうがいいと一家に言われ、ナーナに引きずられるようにして部屋に追い返された。

 しかしまたもやもやと考えて気持ちが落ち着かず、ノクスはベッドで何度も寝返りを打つ。


 それからふと、思い立つ。


「そうだ、アイギアにも報告に行かないと」


 上位種が集まってきているせいで、防衛塔が大変だと言っていた。ことの顛末を知らせておいたほうがいいだろう。


 いそいそと着替えて階下に降りると、ナーナが使用人たちと話しているところだった。


「やっぱり、お出かけされるのですね」

「ちょっと術具研に行くだけだよ」

「お供します」


 ノクスの行動はお見通しだと言わんばかりに、自身も身支度を調えていつでも外出できる格好だった。



 当然のように一緒に外に出て、二人は生活術具塔に向かった。

 途中、役所をはじめとした公的機関が集まる中央広場に差し掛かったところで、ナーナはふと思い出す。


「……そういえばノクス様。冒険者の仕事はいいのですか?」


 アストラが『首都本部の偉い人』から、月に一度程度でいいから今まで通りの依頼を受けてくれと言われたという話だ。


「……忘れてた」


 言われて、ノクスも思い出した。

 本来なら、ナーナを送り届けた後は適当な住居を融通してもらって、サースロッソを拠点にする冒険者として暮らすはずだったのだ。

 それがあれよあれよと公爵家に受け入れられ、あまりの居心地の良さにすっかり屋敷暮らしになってしまい、冒険者組合からも足が遠のいていた。


「何か連絡が来てるかもしれないし、見に行くか……」


 アイビーと出会ってから一度も依頼を受けていないので、一ヶ月は放置していたことになる。

 どうせ通り道だしついでに寄るかとアストラの黒ローブを羽織り、


「……ナーナが一緒だと、サースロッソ支部では目立ちそうだなあ」


 領主の娘の顔の広さを危惧した。

 せっかくそばに居てくれるのだから一緒に過ごしたいのは山々だが、ここ最近ずっとノクスと行動を共にしていたナーナが、同じようにアストラに付いて回っていたら、同一人物だと勘付かれてしまいそうだ。


「私も、顔を隠せばいいのでしょうか」


 ノクスがアストラとして働く時にいつも着ている、顔の認識を阻害する魔術が掛かったローブを、ナーナはじっと見つめた。ジェニーから得た知識でノクスが独自開発したもので、術具とは少し違う。もちろん、その辺に売っているような代物ではない。


「確かに、組合に行く以外でも、顔を知られてるとやりづらいことって多いよな……」


 別に悪さをするつもりはないが、ちょっと甘味を食べに出るだけでも、接待や割引サービスを受ける羽目になることも少なくない。純粋な厚意だとしても、ノクスは公爵家の急な来訪に慌てる店員たちに心苦しい思いをすることが度々あった。


「そうですね。小さい頃は、どこに行っても両親に行動が筒抜けで、少し窮屈でした」


 ノクスと共に戻ってきてから、また思うようになった。自分が領主の娘でなければ、ただの町娘だったなら、人目を憚らず腕を組んで歩くこともできたのにと。


「予備があるから、着てみる?」

「是非」


 ナーナは即座に頷いた。


 そろそろ初夏になろうかという南の町に現れた黒いローブの二人組は見るからに怪しかったが、ナーナは気にしない。

 身長はそう変わらないのに、ノクスにちょうどいいサイズのローブは、ナーナには少し大きかった。

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