第55話 魔術師は新しい依頼を受けることにした

 拠点を持たない冒険者は、組合を連絡窓口にしていることが多い。

 手数料は掛かるものの、自らも冒険者としての腕を持つ配達員が他の支部まで手紙や小包を運んでくれるほか、各支部には短い内容を口頭で他人に送れる『伝達』という魔術が使える魔術師が常駐している。


「伝達は役場でも使うので、聞いたことがあります。冒険者組合にも専門の魔術師がいるのですね」


「本来は隣り合う宿場同士くらいの間隔でしか使えないんだけど、支部を経由して遠くの町にも速く届けられるんだってさ」

「なるほど。……同じ領内ならまだしも、他の領との連絡網は、杜撰なところがありますからね……」


 隣接する領でも仲が険悪で、公的な連絡が行き届かない場合もあるという。その点、権力として独立している冒険者組合はやりとりがスムーズだ。

 市民向けの郵便や宅配を専門に行う業者も存在し、貴族も最近は、そういった民間サービスと契約を結んで文書を運ばせている。実はほとんどが元冒険者が起業したもので、品質はまちまちなので気をつけなければならない。


「連絡窓口は、あっち」


 冒険者教会の扉をくぐり、ノクスはどこの町でもそう変わらないつくりの受付を指した。ナーナは頷き、黙って後に続く。


「俺宛の連絡は来てるか?」


 冒険者証を出すと、職員はどこの支部でもそうだったように、やはり慌てて確認しにいった。


「赤五つは、その辺の貴族よりよほど権力がありそうですね」


 ナーナがぼそりと呟く。


「そうかもな。青二つ以上は、国によっては専用の爵位があるって聞いたことがある」


 などと雑談していると、職員はすぐに戻ってきた。


「指名依頼を三つほどお預かりしています」

「三つかあ……」


 依頼は、拠点がはっきりしない冒険者でも受け取れるように、登録している国内ならどこででも受け取れるよう通達される。


「一つ目は、首都本部からの魔物討伐依頼。二つ目はサースロッソ支部からで、同じく魔物討伐の依頼です。三つ目は、昨日来たばかりなのですが……。青の護衛依頼です」

「まあ、一ヶ月も溜めてればこうなるか。赤は場所と内容と報酬次第。青は断る」


 内容も聞かずに断ると言われ、慌てる職員。


「せめて青も、お話だけでも……」

「俺が青を受けないのは知ってるんだろ?」


 アストラの名前を見て慌てたということは、良いことも悪いことも含めて、噂や逸話を知っているはずだった。


 公的機関からの依頼である青は、コネを作りたい者には持って来いだが報酬を渋られたり貴族のしがらみがあったりと、面倒なことが多い。依頼主が忌み子の噂を知っている相手だったりしたら、更に気を張る必要がある。


「特に護衛なんか、俺じゃなくてもいいのがほとんどだし。石持ちの冒険者を従えてるって箔を付けたいだけの観光とかさ。そのくせ拘束時間ばっかり長くて、割に合わない」


 駆け出しの頃は年齢的に断られることもあり、とにかく受けられそうな依頼は何でも受けていた。わがままな依頼主が一番多いのが青の依頼で、ジェニーに愚痴をこぼしたことが何度もある。


「……わかりました。では、赤の依頼の詳細のみお渡しします」


 噂に聞いていた通り、とりつく島もないと、職員はため息をついて諦めた。



 首都本部からの依頼は二週間前、サースロッソ支部からの依頼は六日前の日付だった。


「大型の魔物の討伐と、魔物の群れの掃討か……。どこにいるかもわからない奴に指名依頼を出すなんて、組合もよっぽど人手不足なんだな」

「あはは……」


 職員は、自分で言うかというツッコミを堪えて愛想笑いを返した。


「アストラ様が、首都から南下しているらしいという情報を得ての依頼なのですよ。どちらも、サースロッソからそう遠くない案件です」


 確かに、どちらも強化魔術で走れば一日で往復できそうな距離だった。そんな場所に強力な魔物がいるとなると、いずれはサースロッソにも影響が出る可能性がある。


「わかった。両方引き受ける」

「ありがとうございます!」


 職員はようやく明るい顔になり、受注するなりさっさと出て行く魔術師と、同じ格好の付き人の後ろ姿を、深々と頭を下げて見送った。


*****


 組合を出たノクスは、予定通り生活術具塔に向かった。


「任務には、まだ行かないのですか?」

「どちらも人里からは少し離れてて、緊急の案件じゃないからな。普通に歩いて行けば一週間は掛かる距離だし、今日明日にどうにかできるとは、組合も思ってないよ」


 緊急だったなら、次にいつ組合を訪れるかわからない神出鬼没の冒険者に指名依頼など出さない。指名するだけで割り増しになるからだ。


「そうだ、せっかくだからアイギアにこのローブを見せてみよう。改良点とか、応用とか、思いついてくれるかもしれない」

「いいですね。町中で着るのでしたら、ローブでないほうがいいかもしれません」


 アストラは黒ローブで定着しているが、巷で人気のスイーツ店に入るにはさすがに仰々しすぎるなと、ナーナは勝手に考えていた。


 ――この軽いノリが術具業界に革新をもたらすとは、この時の二人はまだ思っていなかった。

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