第56話 所長は付与魔術の夢を見た

 昨晩の出来事を生活術具塔で掻い摘まんで話すと、アイギアもメイもぽかんと口を開けていた。


「……つまり、ノクス様が魔物にサースロッソに手を出すなって言えば、結界装置すら必要なくなる……?」

「全個体に言って回るのは不可能だから、さすがにそれは無理じゃないかな……」

「動くなって言えば、動かなくなるってことですよねえ。魔物を安全に研究したり、力を応用した術具を作ったりできるかもしれませんよお」


 サースロッソ家同様、怖れよりも先に好奇心と活用法が出てくる術具研の面々に、ノクスは再びほっとして、ナーナは「だから言ったでしょう」と言いたげな顔をした。


「術具研にも迷惑を掛けることがあるかもしれないから、先に謝っておこうと思って」

「……迷惑だなんて。……ところで、、なんすか……」


 案の定、アイギアは事の顛末よりも、ノクスの手にあるローブに興味を示した。


「アイギアの目だと、どういう風に見えるんだ?」

「……術具に似てますけど、何か、迷宮の核っぽさもありますね……」

「核?」


 急に出てきた久しぶりの単語に、ノクスは自分のローブをまじまじと見た。


「顔の認識を阻害する幻覚魔術が発動するローブなんだけど」


 興味津々の二人にローブを渡すと、アイギアはゴーグルを外して真剣に観察し始めた。試しに隣に座っていたメイに被せ、更にじっくり観察する。


「……ノクス様が作ったんすか?」

「うん」


 自身に掛ける強化魔術と、寝ている時に自動発動する防御魔術の要素を掛け合わせ、道具にも条件に応じて発動する魔術が掛けられないか試した結果だった。


「……ノクス様、当たり前みたいに言ってますけど。……これは『付与魔術』って言って、古代魔術の一種っすよ……」

「古代魔術って、迷宮みたいな奴?」

「……っす」


 アコールの成立よりも以前の魔術師が使っていたという、失われた技術。確かに、持っているだけで様々な良い効果をもたらすとされる迷宮の核の仕組みや、踏むと別の場所に移動する転移陣は、ノクスのローブの仕組みと似ていた。


「……これ、今ここで再現できますか」

「多分……。何に掛けようか」

「じゃあ、私の帽子にお願いしますう」


 メイが魔術収納から取り出した帽子を受け取り、ひっくり返しながら説明するノクス。


「結界装置だって、魔物が範囲内に掛かった時だけ本体に信号を送るだろ? 仕組みは一緒だよ。人間が内側に触れた時だけ、幻覚魔術が発動するように魔術を掛ける」


 指先から漏れた白い光が帽子を包み、すぐに消えた。試してみて、と渡されたナーナは髪を簡単にまとめて帽子の中に仕舞い、綺麗に被る。

 途端に真っ赤な髪の印象や黒曜石のような瞳の存在感が、目の前にいるにも関わらずぼんやりと薄れ、メイが思わず眼鏡を外して目を擦った。


「おい、ちょっと集まってくれ」


 効果を更に確認するために、アイギアは第一研究室の職員を集めた。


「……彼女、誰に見える?」


 帽子を被ったナーナを示し、職員たちに訊ねる。しかし。


「誰って……。誰ですか?」

「お嬢様に似てるけど……」

「お嬢様は、もっと真っ赤な髪の美人ですよね?」


 結果、誰もナーナだと断定できなかった。ひょいと帽子を外した途端にいつものナーナが現れ、職員たちがどよめいた。ナーナは帽子をじっと見て、「使える」と一人頷いていた。


「……恐ろしいもん作りますね……」


 手間や手順は術具よりずっと少なく、文字数や素材の縛りもない。可能性の塊とも言える古代魔術の断片を目の当たりにして、アイギアの腕にはぞわぞわと鳥肌が立っていた。


「……さっき、魔力が変な動きしましたね。何したんすか……」

「変な動きって、どれ?」


 普段通りに魔術を使っているだけのノクスには全く心当たりがなく、もう一度、付与するまでの流れを繰り返す。と、


「そこ!」


 魔術が発動して誰の目にも光が一瞬見えるようになる直前でアイギアが突然大きな声を出し、ノクスとナーナはビクッと肩を震わせた。


「……すみません。今のそれです。何してるんすか」


 操っているノクスとアイギア以外には何も見えていないが、ノクスの指先から伸びた細い糸状の魔力が、空中に何かの図形を描くように蠢いていた。


「何って、ええと……。魔術を待機させてる、って言ったらいいのかな」

「「待機?」」


 感覚的にやっていることを口で説明するのは難しい。言葉を選んでどうにか伝えると、アイギアとメイの声が重なった。ノクスは少し目を伏せる。


「俺は魔術学院を出てないから、理屈とか、そういうのがよくわからないんだ。専門家が見たら効率の悪いことをしてるかもしれない」


 ジェニーはノクスにありとあらゆる知恵を授け、どこに出しても誇れる仕上がりだと常日頃言っていたが、一般的な教育を受けていないことは、ノクスのコンプレックスになっていた。


「……むしろ魔術学院のほうが、効率の悪いことを教えてるかもしれません」


 アイギアはおもむろにペンを取り、待機状態にあるノクスの魔術の形を、近くの書類の裏に真剣に書き写しはじめた。珍しく薄く笑っており、その目に宿る光は、アイビーが「面白い」と言う時や、ノクスが魔術に関わる話をする時と似ていた。


「魔術式と似てますねえ」


 アイギアによって可視化されたノクスの付与魔術を見て、メイが目を丸くする。


「……魔術式自体、迷宮の核に付与された魔術を解析して作られたものだからな。こっちがオリジナルに近いはずだ」

「ってことは」


 アイギアは深く頷く。


「――これが解析できれば、付与魔術を復活させられる」

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