第23話 情報通は呪いの正体を突き止めた

「それにしてもノクス、私は魔術どころか、きみの人生の師匠と言ってもいいと思うんだけどな」


 『情報通』ジェニーのお喋りは止まらない。


「ジェニーを人生の師匠にするには、もう少し勇気が必要だな」


 ノクスは彼女の扱い方がわかっているようで、テンポ良く会話を挟む。


「何だよ、貴族の立ち振る舞いも私が教えてやったのに。役に立っただろう?」


 基本的にはスマートに礼儀正しく、少しだけ嫌味を交えて振る舞い、ここぞという時に傲慢なくらいの気高さで威圧しろ、きみならやれる、というアドバイスだった。


 「うん、あれはちょっとスッとした」


 はは、と、気を許した相手にしか見せないノクスの笑顔がジェニーに向いたのを見て、ナーナは明確な嫉妬を覚えた。

 すると当のジェニーはすかさず寄ってきて、ナーナの手を取りくるくると踊る。


「安心してくれたまえ、可愛いお姫様! 嫉妬する必要はないよ、私はどちらかというと、彼の第二の母のようなものだから」

「ナーナはジェニーに嫉妬なんかしないよ……」

「激ニブか! こんなに可愛いお嬢さんがこんなにわかりやすく嫉妬しているというのに!」


 そう言って、ダンスの終わりにナーナを抱きしめるジェニー。ノクスと親しげなのは気に食わないが、敵ではないらしい。ナーナは考えることを諦めた。


「しかし、随分時間が掛かったね。きみがガラクシアを出たと聞いたのは、一ヶ月も前のことだけど」

「ナーナと一緒だから、普通の方法で来たんだよ」

「ああ、そういうことか。失念していた」


 ジェニーはナーナの肩を抱いたまま、ノクスとお喋りを続ける。


「おかげで、私もきみのために新しい情報を仕入れる時間があった」

「本当?」


ぱっと顔を明るくするノクス。ジェニーはまあ座れ、とベンチを示し、ノクスの隣にナーナを丁寧に座らせた。エスコートする動作は完璧で、貴族の振る舞いをノクスに教えたというのは本当らしいと、ナーナは少しだけ彼女を見直した。


 それからナーナを挟んで自分もベンチに座ると、ジェニーは急に真剣な顔つきになった。


「きみが受けている忌み子の呪いについての続報だ。――どうやら根源は、魔王の残滓らしい」

「魔王?」


 おとぎ話に出てくるような単語に、ノクスは首を傾げた。


「ああ。正確には、アコールの初代国王が倒した強大な魔物。その昔この地には、種を問わず全ての個体を従える魔物の王がいたんだ」

「最強の変異個体ってこと? ……そういえば、ガラクシアの冒険者組合で聞いたような」


 初代国王が冒険者だったという話の時に、ドルクが言っていたことを思い出す。


「へえ、今でもその話を知ってる奴がガラクシアに? まあその話は置いておこう。初代国王は確かに魔王の討伐に成功したけど、魔王もただでは死なない。自分の命と引き換えに、国王に呪いを掛けた」


 劇でも演じるように、大げさな身振りを交えて話すジェニー。


「それが、忌み子の呪いの正体?」

「うん、そう考えて間違いない。魔王の決死の呪いは魔術に長けていた国王にも解呪できなかったようだ。国王は仕方なく魔術でその身を二つに分け、呪いを片方に引き受けさせることでどうにか身を守った。片割れは程なくして死んでしまい、呪いもそこで消えたかに見えたが、それから時々王の血を引く者の中に、黒い髪を持つ子どもが産まれるようになったそうだ」


 つまり双子でなくとも忌み子は発現するが、初代が身体を分けたという話と混ざった結果、『双子の片方は呪われている』という話になったわけだ。

 そして当時から現代まで続いている貴族の家柄は、濃淡の差はあれどほとんどが王家の血を引いている。貴族の間にだけ忌み子の迷信が広まっている理由だった。


「……今までの忌み子はどうなったんだ?」

「いずれも身体が弱く、成人するまで生きていた者はいなかったそうだよ」


 突然産まれた黒髪赤目の子どもは、どの家でもあまり外には出されなかっただろう。身体が弱いなら尚更だ。


「総じて身体が弱かったということは、忌み子の呪いは対象の生気を奪う呪いということだ。魔王は初代国王の血を絶やそうとしたのだろうね」


 今までに呪いが発現した忌み子たちは、人知れず生涯を終えていったに違いない。普通に調べても情報が出てこないわけだ、とノクスは納得した。


 しかしジェニーはそんなことはどうでも良さそうに、ずいっと身を乗り出した。


「つまりきみは、史上初の成人まで生き延びた忌み子ってわけだ! よくぞ生き延びた! 遅くなったけれど、お誕生日おめでとうと言わせてもらうよ!」


 そんな言葉と共に、魔術収納から小ぶりなホールケーキが出てきた。包丁を取り出し器用に三等分に切ると、ノクスとナーナに皿とフォークを配り、包丁の腹で取り分ける。


「ありがとう」

「……ありがとうございます」


 早速嬉しそうにケーキを頬張るノクス。ナーナはその顔をじっと見つめてから、自分もイチゴをつついた。

 そして、首を傾げる。


「ノクス様は、今まで至って健康ですよね」

「うん、風邪はラノのほうが引いてたくらいだ」


 栄養失調になったり毒を盛られたりしたことはあっても、風邪を引いた覚えはない。その分、ラノが少しでも風邪を引いた時には忌み子のせいだと理不尽な敵意を向けられたが。


「呪いが弱まっているのでは?」


 早期決着の四文字が、ナーナの脳裏をよぎった。


「その件については前例がないから私にもわからないな。根拠のない仮説を話すのは私の分野じゃない」


 肩をすくめると、ジェニーはケーキを手づかみし、大きな口を開けて頬張った。そして、


「館長!? また館内に食べ物を持ち込んで!!」

「いはっは、いふはっは」


 しまった、見つかった、と行儀悪くもごもごと言った。


「館長がそんなことをしたら、利用者に示しがつかないじゃないですか!」

「今日は特別なんだよ、綺麗に片付けるから見逃してくれ」

「……もう、次はありませんからね」


 ジェニーが可愛がっている少年の姿を見つけて、職員はようやく怒りの矛を収めた。


「……館長、ですか?」

「うん」


 それぞれフォークで行儀よく一口大にケーキをカットして食べながら、ナーナの疑問に頷くノクス。


 『情報通』のジェニー。本名、ジェニー・ビブリア。初代国王の時代から脈々と続く、王立大図書館を管理する家系の長女だった。

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