第22話 メイドは王子の恩人の変人に出会った

 それからいくつか宿場町を経由し、時に野宿もした。

 野宿と言っても、土魔術で作られたドームの中に魔術収納から取り出したベッドを置いて寝るので快適なものだ。

 ノクスが取り出したのが例のキングサイズのベッド一つではなく、ちゃんと小さいベッドを二つ出してきたのがナーナには若干不満だったが。


 更に、


「……」


 相変わらず、眠った後に展開される防御壁を破ることができない。ナーナは半球体に手を添え、すやすやと寝息を立てる未来の夫をジトッと見つめた。


「……もう少しのような気がするのですが……」


 窮屈そうに丸まって眠っていたのが、身体を伸ばして寝るようになった。安心し始めている証拠だ。


「私も魔術を勉強するべきでしょうか」


 一度くらいはこっそりと添い寝して驚かせたい。そしてノクスならいい反応をしてくれると信じて止まないナーナだった。


 *****


 そしてガラクシアを離れて約ひと月、二人はとうとうアコール王国の首都、セントアコールに辿り着いた。


「久しぶりに来ました。相変わらず賑やかですね」


 がやがやと忙しない人の往来を眺めるナーナ。


「そうか、ガラクシアに来てからは出かける機会なんてほとんどなかったもんな」

「元々出不精なので、あまり気にしていませんでした」


 ノクスが申し訳なさそうにする前に、きっぱりとフォローを入れるナーナだった。


「そういえば、どうして首都へ? サースロッソに向かうだけなら、もっと近い道があったかと思いますが」

「呪いについて、何か新しい情報がないかと思ってさ」


 そう言ってノクスは、目的地がある様子で歩き出す。ナーナも後を付いて行こうとして、


「あっ」


 人の流れに阻まれた。


「ノクス様」


 人垣でノクスの姿が見えなくなる。途端に心細くなった。

 ノクスはよく「ナーナがいてくれて良かった」と言うが、いつの間にか、自分のほうがノクスを頼るようになっていたのだと気付く。


「ナーナ」


 迷宮で罠を教えられた時のように、不意に腕を引っ張られ、抱き留められた。


「申し訳ございません。……お邪魔になるでしょう。私は宿にいます」


 なるべくノクスの側にいることがナーナの目的ではあるが、自分が足手まといになって彼の行動を制限するのは本意ではない。

 しかし、


「謝るより、いつもみたいに褒めてほしいかな」


 ノクスは困ったような顔で照れながら笑った。ナーナの『ギュン』が過去最大の振れ幅を記録し、一時思考が停止した。


「……」

「ナーナ?」


 もちろんノクスは冗談のつもりだったが、自分から催促するのはさすがにおこがましかっただろうかと思い直してご機嫌を伺った。


「ありがとうございます。ノクス様はエスコートもお上手なのですね」

「ナーナをエスコートすることになるなら、もう少し勉強しておくべきだった」


 いつもの調子に戻ったナーナにノクスはほっと安心の息を吐いて、はぐれないようにナーナの手を掴んだまま歩き出す。

 ナーナは、自分が今どんな顔をしているのかわからなかった。


 *****


 ノクスが向かったのは、街の中央部にある古い建物だった。


「図書館、ですか?」


 入り口の脇に立つ古い石碑には、『アコール王立大図書館』と刻印してあった。


「うん。見た目は古いけど、新しい情報を調べるならここなんだ」


 ノクスは勝手知ったる様子で中に入る。受付で冒険者証を提示し、ナーナは同行者だと告げると、それ以上の詮索はなかった。

 何か探している本があるのかと思いきや、ノクスは大量の本棚の間を縫い、中庭に向かう。そして、


「ジェニー」


 木陰のベンチで本を読んでいる女性を見つけると、嬉しそうに話しかけた。


「ん? おお、その真っ黒な髪は我が愛しのノクスじゃないか!」


 冬空のような色の髪を編み込みにした快活な女性は、仰々しい仕草でバッと両手を広げ、ノクスに抱きついた。

 ナーナが呆気に取られている間にぺたぺたと背中や髪を触り、


「ちょっと見ない間にまた背が伸びたな? 次に会うときは追い越されてるかもしれない、ヒールで歩く練習をしておこう」


 わはは! と図書館らしからぬ大声で笑い、ノクスの背中をバシバシと叩いた。

 それからようやくナーナに気付く。


「おっ、噂のガールフレンド」

「ええと、彼女は――」

「初めまして。ナーナリカ・ゼーピア=サースロッソと申します。ノクス様の婚約者です」


 ノクスが紹介する前に優雅にお辞儀をし、本名と肩書きで威嚇した。しかし、


「あの『ガラクシアを継がなかったほうと婚約する』っていう愉快な契約をしたお嬢さんだろう? 可愛らしいのに肝が据わってるねえ」


 女性は何の警戒心もなくナーナに歩み寄り、しげしげと顔から足元まで眺めた。


「お似合いなんじゃないか? うんうん、とっても良いと思う」


 やたらノクスと親しげで、どう立ち回ってもペースを崩せない謎の女に、ナーナは頭上の疑問符を増やすばかりだった。


「ジェニー、ナーナが困ってるよ……」


 ノクスがようやくフォローを入れた。冬空色の髪の女性は、大げさに口に手を当てて黙る。

 代わりに、ノクスが口を開いた。


「ナーナ、この人はジェニー。アコールで一番の『情報通』で、俺に魔術を教えてくれた人だよ」

「よろしく、ナーナリカ姫。その顔は、どうしてガラクシアとサースロッソが交わした契約の話を知ってるのかって顔だ。それは私が情報通だからとしか言えないんだけどね!」


どうやら本当に何でも知っているらしいジェニーについてナーナがわかったことは、とんでもないお喋りだ、ということだけだった。

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