第21話 王子とメイドは無自覚にイチャついた

 馬車に戻ったノクスは、真っ先にナーナの無事を確認する。


「お帰りなさい。ご無事で何よりです」

「ナーナこそ、大丈夫だった?」

「おかげさまで」


 二人が和やかな再会を果たしている後ろで、


「……支部長、なんかちょっと見ない間に老け込んだっすね」

「そうですか? ……はあ」


 自慢の髪と服がぐしゃぐしゃに乱れ、疲れ果てた様子のドルクが、大きくため息をついた。


「契約通り、後の処理は任せた」

「ええ。本当にありがとうございました」

「あの親蜘蛛、変異しかけだった。報酬は増えるか?」

「前向きに検討いたします。今日駆除できていなかったら、どうなっていたことか」


 馬車の前で取り引きする二人の会話を聞いて、


「え、変異って?」


 冒険者の一人が、声を引き攣らせながら訊ねる。


「悲鳴みたいな音、聞こえただろ。あれは群れの頭が、配下に敵襲を知らせる音だ」

「親蜘蛛が子蜘蛛に、自分を攻撃した人間を排除するよう指示を出したということですか?」


 ナーナが訊ねる。


「うん。でも、普通のドットスパイダーにはそんな知能はないんだ。何十年も生きて力を付けた個体が、稀にそうなるって聞いたことがある」

「すごいです、そんな魔物を一人で倒したのですね」


 人が見ていようがお構いなしのナーナだった。


「まあ知能があるって言っても、ドットスパイダーだし。あの大群は本当に気色悪かったから、ナーナはやっぱり付いてこなくて正解だったよ」

「私の事まで気遣ってくださって、ありがとうございます」

「今はそういうの、いいから……」


 突然イチャつくカップルを見せつけられ、冒険者たちから「本当に?」という視線を向けられた支部長は、無言で頷いた。


 *****


「それでは、アストラ様。改めて、お礼を申し上げます」


 街道まで引き返してきた馬車の前で、ドルクは再び深々と頭を下げた。


「ちゃんと報酬さえ支払ってくれればそれでいい」

「ええ、街道のドットスパイダーを一掃した件についても間違いなく報告して、報酬を上乗せします」


 冒険者たちは蜘蛛の残党がいないか確認するために渓谷に残り、ドルクは崖の崩落なども含めた安全確認のための調査隊を派遣するために、一度ガラクシアの支部に戻るという。


「それは助かる。それじゃ」


 それ以上は興味がないといった様子で、ノクスはひらりと手をふり踵を返した。ナーナも一度美しく礼をして、速やかに後を追う。


 再び馬車に乗り込む前にドルクが振り返ると、随分遠くなった規格外の魔術師が、ちょうどフードを外し、同行する赤い髪の少女に微笑みかけたところだった。

 現れた黒髪を見て領主の息子の噂を思い出し、ぽかんと口を開ける。

 が、


「いや、まさかな」


 忌み子の王子が冒険者なぞしているわけがないと、ドルクはすぐに馬鹿な考えを打ち消し、馬車に乗り込んだ。



「ノクス様、もしかして先に昼食を提案してくださったのは、蜘蛛を見た後では食欲が湧かないかもしれないからですか?」

「うん、俺は大丈夫だけど、もしナーナが見たらそうなるかもしれないと思ってさ」

「私が蜘蛛が苦手なこと、ご存知だったのですね。……嬉しいです」

「え゛っ」


 ちらりと上目遣い。少し慣れてきたところで仕掛けられた別パターンの攻撃に、またノクスは固まった。


「……それは、まあ、うん……」

「フードを被らないでください」


 のちに『サースロッソの魔術王』と呼ばれる男が、少女の細い腕に簡単に行動を阻まれるなど、誰が思うだろうか。


 *****


 宿場町に着いたのは、日が暮れてからだった。


「ノクス様、二人部屋を一つですよ」

「ええ……」


 宿に入る前に念を押され、ノクスは少しだけ抵抗を試みた。が、


「……わかった」


 ジトッと見つめられ、早々に折れた。


「じゃあ代わりに、治癒魔術を掛けさせてくれない?」

「え?」

「この前は掛けさせてくれなかったから」


 歩きやすい街道とは言え、馬車を降りた後は歩き通しだった。きっとナーナは疲れていることだろう。


「……」


 しばし考え込むナーナを見て、何をそんなに渋る必要があるのかとノクスは不思議に思いながら、宿の入り口をくぐった。




「蜘蛛とやりあって埃まみれだから汚くなると思う」と説得して、まずナーナにシャワーを譲り、入れ替わりにノクスが使い、部屋に戻る。と、


「……お願いします」

「だからなんでそんなに緊張してるの」


 ナーナは白い足をベッドに投げ出し、苦い薬を我慢するように目を瞑った。目を閉じたらどこを触られるかわからなくて余計嫌なのではと思いつつも、


「触るよ。足の甲の辺り」


 一応声を掛けてから触れる。が、軽く触れただけなのに、ナーナはびくっと身体を震わせた。何事にも動じない彼女にしてはかなり珍しい反応だ。


「……もしかしてナーナ、くすぐったがり?」

「そんなことはありません」

「ふーん?」


 そういうことにしておこうと、ノクスは治癒魔術に専念する。じんわりと労る気持ちを込めると、徐々にナーナの足から緊張が解けていくのがわかった。


「……普通の魔術を掛ける時には、呪いは関係ないのですか?」


 ナーナぽつりと訊ねた。足のくすぐったさから気を逸らすための雑談だったのだが、気付かずノクスは真剣に答える。


「特定の魔術を使おうとする時は、大丈夫」


 ノクスの感覚では、自分の体内には二種類の魔力が存在していた。片方は、身体の大半を占める白い魔力。これはノクスの意思に応じて色を変え、どの属性の魔術にも適応する。

 そしてその間をごくわずかに、ノクスにも操作できない黒い魔力がもやのように漂っていた。


「昔は黒いのがもっと濃かったんだけど、魔術を使うようになってから、随分薄くなったんだ。治癒とか浄化とか、聖属性の魔術を使うと余計に薄れる気がする」


 おそらく忌み子の呪いに関わる何かだろうと見当をつけていた。


 話している間に、ナーナの脚にまとわりついていた吐きそうな痛みは消えていた。むくみも取れたようで心なしかほっそりとした気がして、ナーナは静かに感動した。


「ありがとうございます。……ノクス様の役に立てるのでしたら、くすぐったいのを我慢している場合ではありませんね」

「やっぱりくすぐったいんじゃないか」


 しまった、と口を押さえたナーナを見てノクスが笑い、その笑顔でナーナの疲れは更に吹っ飛んだ。

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