第62話 王子は大型術具塔を見学した
ナーナが両親を説得している間に、ノクスは生活術具塔に行くことにした。
「アイギア。これ、頼まれてた魔晶」
ブラックベアーを組合で解体してもらったら、握り拳ほどの大きさのものが出てきた。天然物の中ではかなり大きめの部類だったので、約束通り持ってきたのだ。これが自然にできたものなのか、ケイが気を利かせたプレゼントなのかは、ノクスには判断がつかなかった。
「……ありがとうございます、いいサイズっすね。これなら……」
アイギアはゴーグルを外して魔晶の質をじっと見極め、
「……ノクス様。大型術具塔、見学します?」
「ぜひ」
ノクスは即答した。
大型術具塔は、港の片隅にある。大型術具には船をはじめとした乗り物が含まれるためドックや工場が隣接しており、サースロッソで一番大きな施設だ。
二人が門の前に立つと、生活術具塔と同じように無人のまま扉が開いた。中に入るアイギアの後について、ノクスも辺りを興味深く見回しながら入った。
塔本体の内部は生活術具塔とそう変わらないつくりをしていた。職員たちはアイギアを見ると挨拶と会釈はするものの、手を止めることはない。
「……大型塔は、大体忙しいっす。貿易船を見なきゃいけないんで」
生活塔と比べて体格の良い人間が多いのは、研究者よりも船の技師や整備士が多いからだった。
「……塔長に会いにいきます。こっちっす」
一階を通り抜け、廊下で繋がった隣接する建物に向かうと、そこは天井や壁に無骨なパイプが張り巡らされ、研究所と言うよりも町工場のような風体だった。皆白衣ではなく油で汚れた作業着を来て動き回っており、最終的に何になるのかまだ見当が付かない金属の塊が、区画ごとに鎮座している。
「マーティス」
職員たちに指示を飛ばしているすらりと背の高い女性に、アイギアは声を掛けた。何よりもノクスが驚いたのは、彼女が黒髪だったことだ。日に焼けた肌は油で汚れていて、やはり汚れた作業着姿。他と身分が違うとわかるのは、腕章があることくらいだった。
名前を呼ばれた女性は振り返り、アイギアの姿を見て駆け寄ってくる。
「所長、お久しぶりです」
化粧っ気の薄い顔で微笑む姿は、男装しても似合いそうな凜々しさがあった。
アイギアが突然やってくるのはいつものことのようで、特に慌てる様子はなかったが、隣にノクスがいることに気付くと意外そうな顔をした。
「もしかして、そちらの方が噂の?」
「……ノクス様だ。お嬢の彼氏様で、我らが術具研の救世主」
「何その紹介……」
すると、マーティスはくくくっと面白そうに肩を揺らし、一つにまとめたポニーテールが一緒に揺れた。
「初めまして、ノクス様。私は大型術具塔の塔長、マーティスです。お嬢様のボーイフレンドってことは、アコール貴族でしょう? 黒髪は珍しいですね」
マーティスも、ノクスと同じ事を思っていた。しかしその声色に、アコール貴族に見られるような忌み嫌う感情はない。むしろ自身と似た髪色に友好的な様子だった。
「見ての通り、私はゼーピア南部の出身なんです。久しぶりに自分以外の黒髪を見たら、故郷が懐かしくなりましたよ。所長、今度長期休暇を取ってもいいですか」
「……その間も上手く回るようにしてくれるなら、いくらでも」
「わかりました、すぐには無理そうですね。あんまり上手く回りすぎて、帰ってきたら席がなくなっていても困るし」
あははと快活に笑うマーティス。
「それで、本日は救世主様を連れて、何のご用です? 残念ですが立て込んでいるので、ご案内はできませんよ」
「……これを渡しに。大きいのが必要だって言ってただろう」
アイギアがおもむろに魔晶を取り出すと、マーティスのブラウンの目が輝いた。
「わあ! 素晴らしいサイズです! 質も申し分ないですね。早速加工に回します」
窓からの日差しに透かして透明度を見ると、すぐに近くの職員を呼び寄せてどこかへ持って行かせた。
「大きな魔晶がそんなに必要なの?」
魔力を貯め込む性質がある魔晶は、逆にその魔力を取り出して魔術を使うことができるため、魔術師にとっては重要なものだ。と言ってもノクスは自分の魔力で事足りるので使ったことがなく、いつも組合に買い取ってもらっていた。
「ええ、港の船はご覧になりましたか? あれを動かさなくてはならないので、いくらでも、そして大きければ大きいほど助かります。もしかして、さっきの魔晶はノクス様が?」
「うん、偶然手に入ったから」
すると、さらに目を輝かせた。
「まさに救世主ですね! 組合の相場と変わらない価格で買い取りしますから、またよろしくお願いします」
ノクスが魔術師だということしかマーティスは知らないはずだが、言い出す前から冒険者であることに気付いたようだった。
「……どんなサイズでも、使えないってことはないんで。見つけたらとりあえず持ってきてください」
アイギアも神妙に言った。組合から素材を買うと、仲介手数料で割高になる。直接売ってくれというのは、切実な願いだった。
「お嬢様からも、予算は何とかするから魔導車の実用化を急いでくれと依頼があったばかりですし。理由は今わかりましたが」
「ナーナから? 魔導車って?」
「要は馬車の馬を術具にして、もっと速く走れるようにした陸上用の乗り物です」
いつの間にそんなものを頼んでいたのかと、ノクスは首を傾げた。マーティスは理由がわかっていないノクスを見て、にやにやと笑っている。
「安全で速い乗り物があったら、いろいろと便利でしょう?」
「確かに。術具の素材も仕入れやすくなるだろうしなあ」
恋人と気軽に旅行できるという発想には至らないノクスに、マーティスは「頑張れお嬢様」と心の中でエールを送った。
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