第13話 未来の妻はぐいぐい行くことにした
「けっ……こん?」
急展開に頭が付いていかないノクスは、目を見開いていた。
「いやいや、待って。親同士が決めた話だろ? ナーナ、そういうの一番嫌いなタイプじゃない?」
「いいえ、話し合いの場には私も同席し、同意しました。先ほど、エドウィン様にもその旨を伝えて参りました。私が決めた話です」
「……」
ナーナの性格は、この四年間でノクスもよく知っていた。「ガラクシアを継がないほう」は誰の目にも明らかにノクスなのだから、こいつと結婚なんて嫌だと思ったら、さっさと実家に帰っていただろう。つまり。
「私はちゃんと、ノクス様のことをお慕い申し上げておりますよ」
「そっ!」
顔を赤らめることもなく、ナーナははっきりと言い切った。
生まれてこの方、年頃の女子はおろか、言葉の通じる相手にまともな好意を表されたことがないノクスは、既に耳まで赤くなっている。
「……ノクス様は、妻が私では不服ですか」
「え゛っ!? いやそんなことは絶対にない!!」
正直に言って、ノクスはこの四年で、ナーナに惚れ込んでいた。人間としてはもちろん、恋愛対象としても。
差別をせずノクスに接し、甲斐甲斐しく世話をしてくれることはもちろん、分け隔てなく丁寧に仕事をする勤勉さ、決めたことを曲げない芯の強さ、声を荒げずに静かに話す声、美味しいものを食べた時や驚いた時に一瞬だけ覗く年相応の表情。愛らしい顔立ち、普段は布の多い使用人の服で目立たない抜群のプロポーション。好きなところを挙げればキリがない。
「けど……。俺にはもったいなさすぎるっていうか……」
サースロッソはガラクシアから遠く、隣国ゼーピアの文化が濃い地域だ。しかし変わり種とは言えアコール貴族である以上、ノクスが婿入りなんかしたら、『ガラクシアの忌み子のほう』というレッテルはどこまでも付き纏うだろう。彼女に迷惑が掛かることだけは避けたい、とノクスは肩を落とした。
するとナーナは、その情けない猫背をジトッと見つめた後、静かに頷いた。
「今すぐに婿入りしてほしいとは言いません。冒険者として生計を立てるにしても、拠点は必要でしょう。私と一緒に来てくだされば、サースロッソに住所を用意できます」
「それは、助かるけど……」
冒険者は世界中を旅するため家を持たない者も多いが、いざという時に拠点があるのは便利だ。そして不安定な仕事柄、新しい拠点を持つのは割と難しかったりする。
「……サースロッソに着くまでの間に、その自己肯定感の低さを叩き直します」
「はい???」
「とりあえず、この荷物を預かっていただけませんか。すぐに出発しましょう」
「えっと、はい……」
言われるがままにベッドから立ち上がり、ノクスはナーナの荷物をひょいと拾い上げ、自分の魔術収納に仕舞った。ついでに今まで寝ていたベッドも仕舞う。
「すごいです、あんなに重い荷物を軽々と持ち上げる上、そんなに大きな魔法収納が使えるなんて」
「えっ」
「母が言っていました。魔術収納は、熟練の魔術師でも容量はせいぜい一部屋分くらいだと。ノクス様は十六歳にして、熟練以上の域にいるわけですよね」
「あの」
「私はあまり力も強くありませんし、戦いにも慣れていません。同行していただけてとても助かります」
「待って」
「実力をやたらとひけらかさないところも、私は好ましく思いますよ」
「もう勘弁してください……」
全て淡々とした無表情から繰り出されるいつも通りのテンションの言葉だが、内容が慣れなさすぎて、そろそろノクスの脳内キャパシティが限界だった。
「……そうですね。今日中に外で宿を探さねばなりませんし、そろそろ行きましょうか」
「絶対面白がってる……」
ナーナは屋敷に来た四年前の時点で十四歳だった。つまり今は十八歳。ノクスよりも二歳年上だ。尻に敷かれる未来が、この時既に見えていた。
***
ノクスは、『冒険者のアストラ』としては宿に泊まったことがある。先輩冒険者とも交流し、良い宿の見分け方も知っていた。
「ノクス様、それは?」
宿に入る前にノクスが魔術収納から取り出したのは、小さなカードだった。
「冒険者組合が発行してる冒険者証。組合と提携してる宿なら、割引が利くんだ。あと、名義が違うから宿では『アストラ』で頼む。様もいらない」
「アストラですね、わかりました」
ナーナの口から発音されるアストラという名前が新鮮で、ノクスは微笑む。
「……私は、アストラのそういう顔も好きです」
「……ありがとう」
褒める度に耳まで赤くなる初心な未来の夫を見て、ナーナは静かに満足した。
「部屋はどうしますか?」
宿の受付係の女性は『男女二人組のパーティー』と判断し、マニュアル通りに訊ねる。
ノクスは慣れた様子で二本指を立て、
「一人部屋を二――」
「二人部屋を一つでお願いします」
「ナっ」
ナーナに邪魔された。
受付係の女性はくすくすと笑いながら鍵を一本取りだして、赤い髪の少女のほうに渡した。
「二階の一番奥の部屋です」
「ありがとうございます」
ナーナは無表情に少しだけ感謝を滲ませながら、丁寧に両手で受け取った。
「ナーナ、腕を組まないで。歩きにくい」
「だって、今離したらアストラは、受付に戻ってもう一部屋借りようとしますよね?」
「ただのパーティーじゃなくて、初々しいカップルだったか……」
賑やかに二階に上がっていく話し声を聞きながら、まだまだ観察力が甘いぜと受付係の女性は夕刊を広げた。
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