1章

第2話 王子は双子の弟と競うことになった

 エドウィンが去り、夕食の準備のために使用人たちが散り散りになると、ノクスの元にラノが顔を明るくして駆け寄ってきた。


「ノクス、ただいま」

「おかえり、ラノ」


 愛らしい弟の笑顔に、ノクスは微笑みを返す。待遇に差はあれど、聡明で穏やかなラノは兄を蔑ろにするようなことはなく、双子の仲は良好だった。


 それから、


「なあ、父さんの用事って何だと思う」


 どうでもいい用事ならすっぽかすつもりで、ラノの耳に口を寄せてひそひそと訊ねた。


「……多分、僕たちの成人の儀について、かな」


 ひそひそと返すラノ。


「ああ……。そういえば、そんなのがあったな……」


 ノクスは思いきり眉をひそめた。


***


 屋敷の中でノクスを蔑ろにしない者が、ナーナ、ラノに加えてもう一人だけいる。


「今日の隠し味は、ブルーベリージャムか?」

「よく分かったな」


 屋敷の胃袋を司る男、料理長のパスカルだ。


「舌だけはエドウィン様やラノ様よりも上だと思うぜ」

「『だけ』は余計だ」


 軽口を叩きながらノクスが食事を取っているのは、厨房の奥にある料理長の研究室だ。



 いつからか、ノクスは給仕すらされなくなった。

 空腹で厨房に足を運んでも、料理は余っていないと中を見る前に追い返され、ラノが自分の分を残して持ってきてくれたパンやスープと、屋敷の周りに自生している果物で食い繋ぐ日々が続いた。

 そんな中、同じ屋敷で暮らす双子の栄養状態が違って見えることに気付いたパスカルが、ノクスの首根っこを掴んで厨房に引きずり込んだのが、二人の交流の始まりだった。


 実はパスカルはノクスにもきちんと食事を用意していて、当然のように給仕されているものと思っていた。

 ところが実際には、「忌み子のくせに領主やラノ様と同じものを食べるなんて」と、給仕担当の使用人たちが勝手にくすねて、自分たちで分けていたことが発覚したのだ。

「主君の息子の食事を取り上げて餓死させようとしたお前たちのほうがよっぽど忌まわしい」とパスカルが激高し、給仕担当を殴り飛ばしたことで、事態がエドウィンにも伝わった。


 ついでに各地の貴族からラノとノクスの二人に贈られていたプレゼントの類いも、ノクスに届けずに着服していた使用人がいたことが判明した。

 心優しいラノもこの時ばかりは怒り、この事件でかなりの人数が処分されたのだが、ノクスにはどうでもいいことだ。



「このパスカルの美味い飯も、あと何回食べられることやら」


 事件の後、ラノは食堂で一緒に食べることを提案したのだが、ノクスは厨房で食べる気楽さを選んだ。

 テーブルマナーもパスカルから直々に叩き込まれたので、ノクスの食べ方はラノよりも綺麗だったりする。しかし、それを知るのはナーナくらいだ。


「? どういうことだ」


 意味深なノクスの発言に、パスカルの眉がピクリと動いた。


「成人の儀のことで、この後父さんに呼ばれてるんだ」

「ああ、そういえば二人とも、もうすぐ十六歳か」


 アコール王国の法律では、十六歳から成人と見なされる。

 一般の国民にとっては単に結婚と飲酒が解禁されるというだけだが、貴族にとってはもっと重要な意味を持つ。

 社会の一員として認められる代わりに、権力者としての義務を果たさねばならなくなるのだ。


「忌み子を体よく追い出す口実にするには、ちょうどいいだろ?」

「うーん……。エドウィン様がそんなことするとは思えんが……」

「まあ、パスカルにとっては立派な主君だろうから。ということで、誕生日の前日は豪華にしてくれ。最後の晩餐になるかもしれない」

「検討してやる」


 パスカルはぶっきらぼうにフンと鼻を鳴らすが、情に厚い男だということをノクスは知っている。


***


 調理場の机に最初から全ての料理が並んだ状態で談笑しながら食べるノクスは、食堂で丁寧にサーブされるラノよりも、どうしても早く食べ終わる。執務室の前でラノが来るのを待った。


「先に行け」

「もう……」


 顎をしゃくって促すと、ラノは呆れながらも言われたとおりにノックする。


「ラノとノクスが参りました」

「入れ」


 くぐもったエドウィンの声。


「失礼します」


 背筋を伸ばして丁寧に入るラノの後ろからノクスもそろりと入る。


 執務机の向こうで、エドウィンは二人の息子が入ってくる様子をじっと見ていた。ラノと同じ青い瞳に、王弟の威厳が覗いている。

 ノクスが居心地が悪そうにラノの隣に並ぶと、ようやくエドウィンは口を開いた。


「用件はわかっているだろう。成人の儀についてだ」


 予想していた通りの言葉に、息子たちはお互いをちらりと見た。


「確か、アコール王家が所有する迷宮の最深部に到達する、というものですよね」


 ラノが問いかけた。

 迷宮とは、古代の魔術師が各地に作ったとされる遺物だ。失われた魔法技術で作られた空間は、現代の技術では取り除けない。しかし内部には魔物が発生するため、定期的な駆除が必要となる。


「十階層にいる迷宮の主を倒し、核を取ってくる。それがアコール王家の成人の儀だ」


 迷宮には必ず「主」と呼ばれる強力な魔物がいる。迷宮の主には核が存在し、それを取り除くとその迷宮はしばらく沈静化するというのが、基本的な仕組みだった。


 アコール王家の迷宮は、噂や記録の限りでは、何ということはない簡単な迷宮だ。しかし。


「一度核を取ったら、新しい核ができるまでには早くても数ヶ月掛かりますよね。ノクスと協力して取ってくればいいということですか?」


 ラノの再びの問いに、エドウィンは首を振った。


「二人には、競争してもらう。……先に最深部に辿り着き、核を持ち帰った方に、イースベルデの管理を任せる」


 イースベルデは、ガラクシア領東部に位置する農業地帯だ。

 年間を通して安定した温暖な気候に広がる農地に幅広い農作物が生産され、アコールの台所と称されている。


「この意味がわかるな」


 国家の食糧供給の鍵となる要地を任せられるということは、すなわち次期ガラクシア公爵として内定するということだ。


「はい。全力で儀式に臨みます」


 ノクスは、返事をラノに任せた。

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