第2話:スキル獲得
孤児院に入っても、二人は剣ばかり振っていた。
セネカは相変わらずお転婆で、ルキウスは引っ込み思案だった。
だけれど、ちょっとは友達と仲良くすることを覚えた。
シスタークレアも院長も二人の面倒をよく見てくれた。
この孤児院は比較的裕福で、食べるものや着るものに困ることはほとんどなかった。
キトの家族は無事だったが、村がなくなってしまったのでバエティカに来ていた。
セネカはたまに孤児院を抜け出してキトに会っていた。
キトの家も苦労しているようだったが、みんな前向きに頑張っていて、いつも勇気をもらえた。
時にはルキウスと狩りをして孤児院に貢献しながら、二年が経った。
◆
十歳になる年に子供はスキルを授かる。
年に一度、月詠の日に近くの神殿に行くのだ。
ついにスキルが得られる。
そう思うとセネカはドキドキした。
八割の子供は両親と同系統のスキルを獲得するらしい。
だから、セネカは剣術か魔法のスキルが得られるんじゃないかと思っていた。
残りの二割で違うスキルが当たることを不安にも感じたが、それでも冒険者になろうと心に決めていた。
ルキウスとの約束があるからだ。
そうは言っても、セネカはあまり心配していなかった。
なぜなら十歳にして一流の魔法使いと同等の魔力を持っていたからだ。
魔法のスキルをもらえば剣術と合わせて戦えるかもしれないと期待に胸を膨らませていた。
ルキウスもドキドキしていた。
ルキウスの剣技は冴え渡り、セネカでさえも敵わなくなっていた。
街の兵士たちと手合わせをして、将来有望だと可愛がられていた。
ルキウスは回復でも剣術でも、どんなスキルでも良いと思っていた。
ただ、人を守り、救う力が欲しかった。
芯があって強いけれど、時に脆く繊細になってしまう親友を守れる能力であればなんでも良いと思った。
だから毎晩月に祈った。
「セネカを守る力を得られますように」
「特別な力を持たなくても、大切な人たちを助けられますように」
その真摯な願いは空を越え、輝く星々に届いたようにも感じた。
◆
街中の子供達が神殿に集められた。
病気になってしまったので、十一歳になってから来た子供が一人だけいた。
十歳になってしまえば、スキルを授かるのはいつでも良い。
だが、最初の機会を逃す子供はほとんどいなかった。
時間が来た。
この神殿の司教という人が何やら話をしている。
けれども内容が難しすぎて、セネカもルキウスも、キトでさえも理解できなかった。
しばらくすると司教が歌のように何かを唱え出した。
それが特別な魔法の詠唱だとセネカが知るのはずいぶん後になってからだ。
司教の祝詞に合わせて、神殿の地面が淡く輝き出す。
ゆっくりと明滅して子供たちの身体に干渉する。
ドクッドクッと胸が脈動するのを強く感じた。
その拍子はどんどん力強くなっていくが、不快には思わなかった。
司教の声はどんどん高らかになっていく。
歌うほど伸びやかになっていく。
あるところでセネカの身体にズーンという重い衝撃が走った。
同時に柔らかくて綺麗な声が頭に響いた。
【スキルを授かりました】
司教の魔法が終わるとともに大半の子供達が地面にへたり込んだ。
◆
スキル授与の後、神官が順番にスキルを鑑定してゆく。
この鑑定が終わるまで神殿から出ていくことはできない。
セネカとルキウスは後の方になってしまったが、特に話すこともなくじーっと待っていた。
キトも二人の後ろで静かに佇んでいた。
遠くの方で子供が喜ぶ声が聞こえてくる。たまにため息のようなものが聞こえてくるが、それは本当に稀だった。
音の大きさが違うのだから当たり前かとセネカは思った。
スキルは偉大な恩恵だ。
誰しも希少なスキルを得たいと思う。しかし、大抵の人は人並みのスキルを得る。だから、貰ったスキルを喜んで受け取ってしっかり使えるようになろうと教会では励ます。
スキルの才能は分かりやすい。けれど、どんな能力も使い所が大事だし、それを磨き続かなくてはならない。
スキルがあれば早く進むことができるが、どれだけ遠くまで行けるかはわからない。早熟と大器は別の問題だからだ。
だが、早熟だと良い教育を得やすいこともまた事実だった。
◆
鑑定はセネカが先に受けることになった。
セネカの頭の大きさほどもある水晶の前には年老いた神官がいた。
手招きされてセネカは一歩前に出た。
胸がドキドキして、手足が軽く痺れている。
前に立つと水晶に手を乗せるように言われたので、セネカは手を出した。
水晶がぴかっと光った。
その様子を観察して神官は言った。
「君のスキルは【縫う】だ。非常に珍しいスキルじゃな。長いことこの仕事をしているけれど、初めて見たのう」
「【縫う】? 縫うって針とかで糸を通すあれですか?」
「そうじゃ。その【縫う】じゃ。良かったな。これで生活していけるぞ。まずは地道に練習するんじゃな」
神官はカッカと朗らかに笑って、すぐにルキウスを呼んだ。
セネカの頭は真っ白で、視界は少し霞んでいた。
心臓がバクバクと音を立てていて、耳鳴りがガンガンとしてきた。
【縫う】は明らかに戦闘用のスキルではない。
魔法は? 剣術は?
いや、そうでなくても良い。
防御でも斥候のスキルでも、戦っていく覚悟はできていた。
だが、生活系のスキルだなんて⋯⋯。
今にも倒れそうだったが、ルキウスのスキルを見届けなくてはならないとセネカは気を持ち直した。
セネカが目を向けると、ルキウスが水晶に手を乗せるところだった。
セネカの時と同じように水晶がぴかっと光った。
水晶から情報を読み取った老人がしょぼくれた目を見開いた。
そして突然立ち上がった。
「素晴らしい! 【神聖魔法】じゃ! 六十年振りに神聖魔法を使える子供が出たぞ! 新たな聖者の誕生じゃ!」
大きな声が神殿に響いた。
まだ神殿にいた子供たちが一斉に注目する。
ルキウスは言った。
「えっ? 神聖魔法? なんですかそれは」
「神のごとき癒しの魔法じゃ。このスキルを得た者は、神の恩恵を最も多く受けた人間として教会で崇められる」
「崇められる? 誰が?」
「お主じゃよ」
ルキウスは理解できなくて、狼狽えた。
あわあわと口に出して、おろおろしている。
セネカはそんなルキウスを見ていられなくて、つい口を出した。
「そんなスキルを得て、ルキウスはこれからどうなるの?」
「そうじゃな。まずはすぐにここの司教がやってくるじゃろう。鑑定結果を確かめた後、すぐに教会に引き取られることになる。お主らは見たところ教会の孤児院におるな?」
セネカは頷いた。
「だったら、拒否することもできぬ。明日か明後日には王都の大教会にいくことになるじゃろう」
「教会に引き取られるって、どういうこと?」
「もう一緒に暮らせないということだ」
セネカも慌てだした。
「どうして?」
「それが聖者の運命だからだ。神聖魔法を十全に扱うためには教会の術者たちと鍛錬せねばならぬ。そのためにはこの地を離れて都の大教会に行く必要がある。今の聖女様が子供の時も同じだった」
ルキウスは黙ったまま話を聞いている。
セネカは食ってかかるように次々と目の前の神官に質問している。
鑑定を待っていたキトも二人の様子がおかしいのでやってくる。
セネカの様子を見て事情を察したキトは、一旦落ち着かせようと四苦八苦した。
しばらくのすったもんだがあったのち、黙っていたルキウスがゆっくりと足を踏み出して口を開いた。
「神官さま、その神聖魔法っていうのはどれだけすごいの?」
「極めればどんな傷も癒し、どんな邪も祓えると言われている。最も強力なスキルの一つじゃ」
「それがあれば大切な人を守れる?」
ルキウスはセネカをチラッと見た。
「ほほう。そういうことか。それならば、これよりも良いスキルはないじゃろう。人を守ることにかけては最高級のスキルじゃ」
じいさんは突然ニヤニヤし出した。
二人の話を見つめていたキトが話に入る。
「でも聖者になったら自由に生活できなくなるって聞いたことがあります。ルキウスは本当に大丈夫なのですか?」
「昔はそうだった。だが、今代の聖女様が慣習を変えてから過剰な干渉はなくなったんだ。派手に暴れたからのう⋯⋯」
「そうなのですか⋯⋯」
「だが、分かった。嬢ちゃんたちが心配するのも当然じゃ。ルキウスのことはわしが面倒を見る。大船に乗ったつもりで安心すると良い!」
そう言って老人の神官はガハハと笑った。
◆
その後、老いた神官が言った通りに事が進んだ。
そしてあれよあれよという間に、ルキウスは明日の正午にはこの街を出ることになってしまった。
帰りの道で、セネカとルキウスとキトはお互いのスキルの話をした。
キトはこれまた珍しい【調合】というスキルを得た。使いこなせればお金持ちになることも夢ではない。
キトはしばらくは薬師のところで修行することになるだろうと言った。
ルキウスの【神聖魔法】について、セネカもルキウスも全く知らなかったが、キトは詳しかった。
このスキルは特別で、魔法によって回復、破邪、防御、攻撃とあらゆることができるらしい。
その代わり扱いが難しく、未熟なまま出力を高めてしまうと暴発して命を落としてしまうようだ。
『神』の名を冠するスキルの持ち主を守るため、スキルが見つかるとすぐに教会が保護することになっている。
このスキルを持つ者は例外なく格別の力を発揮するようになるため、いつしか聖女・聖者と呼ばれて、特別に崇められるようになったそうだ。
キトがあまりに詳しいのでセネカとルキウスは面食らったが、どうやらこの程度のことは普通に勉強をしていれば学ぶのだという。
勉強が苦手な二人はバツの悪い顔になって話を変えた。
◆
セネカはついにスキル名を二人に告げた。
あれだけ冒険者になると息巻いていたのに生活系のスキルだったので、セネカは口に出すのが怖かった。きっと声は震えていただろう。
しかし二人とも然程気にしていないようで、予想以上に反応は薄かった。
「【裁縫】と違うっていうのが僕は気になるな。汎用性の高いスキルより、限定されたスキルの方が性能自体は良いって聞くよ。だから、きっとセネカだったらセネカにしかできない使い方を編み出すよ。案外そっちの方が強いんじゃないのかな」
ルキウスはあっけらかんと言い放った。
「そもそもセネちゃんだったらスキルがなくても強くなるんじゃない? 今だって手から火の粉みたいなの出せるし。それって魔法だよね? スキルなしで魔法が使える人の話なんて聞いたことないよ」
キトは言った。
確かにセネカは不断の努力によって、火の粉のようなものを出せるようになった。だが、実用性はほぼなかった。
二人の幼馴染の言葉は、セネカに未来の希望をもたらす福音となったが、同時にセネカを苦しめ続ける呪縛にもなった。
◆
孤児院に戻ると、非常に騒々しくなっていた。
スキルを得て、ただでさえ子供達が興奮状態のところにルキウスの件が発生した。
シスターの中にはルキウスに跪き、お祈りを捧げる者までいた。
ルキウスの顔に冷や汗が滲んできているのをセネカは見逃さなかった。
セネカのスキルを聞いて、明らかに馬鹿にした顔を作った者もいたが、ルキウスの話題で持ちきりになり、問題にはならなかった。
夕飯が終わるとルキウスがやってきた。
「ねぇ、セネカ。みんなが寝静まったら屋根裏部屋に来て。シスタークレアが今日だけは見逃してくれるって言ったんだ」
「⋯⋯分かった」
二人はよく忍び込んで、屋根裏部屋から屋根に出ていた。
時には夕日を見たり、月を見たり、朝日を見たりした。
何にもない空を見て、二人はコルドバ村にいた時のことを思い出した。
けれども今日は、セネカは空を見る気分にはなれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます