第二章:兼業冒険者編

第8話:ジュクレンドを稼ぐね

 目覚めるとセネカは個室のベッドで寝ていた。

 優しい匂いがしたので、シスタークレアの部屋だとセネカは思った。


 上半身を起こす。

 頭がクラクラして身体に力が入らない。

 魔力が切れたんだと理解した。


 部屋のドアが空き、院長先生が入ってくる。


「セネカ、起きたかい」


 セネカは力なく頷いた。


「あんたが倒れたって聞いたから行ってみたら、魔力切れで倒れているじゃないか。一目で大丈夫だと分かったけど、エミリーが取り乱していてね。宥めるのが大変だったよ」


 情景が目に浮かんだのでセネカは渋い顔をした。


「魔力切れになるなんて久しぶりだね。最近も頑張っているのは知っていたけれど、そこまで自分を追い詰めなくちゃいけなかったのかい?」


 しばし考えたあと、セネカは頷いた。


「そうかい。それなら良いけれど、自分のことは大切にしなくちゃいけないよ? それはセネカのためだけじゃなくて、周りの人のためでもあるんだ」


 真っ直ぐこちらの顔を見つめてくる院長の顔をセネカは見れなかった。


「最近は私のところに相談も来なくなったね。あんたがうまくやってるんだったらそれでも良いよ。セネカにはたくさんの仲間がついてるからね。だけど、もし必要な時は遠慮することはない。相談するのか迷う悩みっていうのが実は人を苦しめるんだからね」


 セネカが院長の顔を見ると優しく微笑んでいた。


「セネカ、あんたに罰を与えるよ。それは孤児院のみんなと話すことだ。どれだけ自分がみんなに心配をかけたか実感すると良い。そこから目を背けてはいけないよ」


 そして院長はセネカを優しく抱きしめた。


「セネカ、あんたも私の大事な娘なんだ。生き急がないでおくれ」


 ついにセネカは泣き出した。

 セネカも院長を抱きしめてゆっくりと温かみを感じ続けた。





「うーん」


 セネカは悩んでいた。


 目が覚めてからセネカは孤児院の人と話し続けた。

 シスタークレアとエミリーには多くの心配をかけたようで、ちょっぴり怒られた。

 二人にはお礼を言って、これから気をつけると伝えた。


 ノルト達とも話をした。

 三人に何を言われるか心配だったが、意外にも優しい言葉をかけてくれた。

 ノルトはそっけない態度のあと、すぐに剣の稽古を始めてしまった。


 今回の話はキトにもしっかり伝わっていたが、キトはセネカが反省していると一瞬で分かったので特に何かを言うことはなかった。


 ゆっくり休んでいたので魔力はしっかり戻っている。

 少しばかり怠いが問題はない。


 セネカは孤児院の部屋で静かに過ごしながら色々と考え事をした。


 頭に響いたあの内容のことを思い出して[魔力針]を作ろうと念じると、手の中に突然針が出現した。

 針には魔力の糸が通してあって、そのまま縫うことができるようだった。


 試しにワイルドベアの革に針を刺すと、これまでの苦労がなんだったのか分からなくなるくらいにスッと針が通った。


 分からないことばかりだけれど、これがあの声と関係があることは疑いようがなかった。





 しばらく考えても分からないのでひとまずエミリーに聞いてみることにした。


「ねぇ、エミリー。レベルアップって知ってる?」


「うん。スキルのことよね?」


 セネカはコクコクと頷いた。


「セネカはお勉強の時に聞かなかったの?」


 セネカは自分から『ギクっ』という音が出た気がした。


「レベルアップっていうのは、スキルが格段に強くなることだよ。できることが増えるんだって」


「出来ることが増えるの?」


「そう。【裁縫】だったら、すんごく早く服を作れるようになるし、型紙がなくてもどこを裁断したら良いか見えるようになるんだって!」


「そうなんだ。すっごく便利だね」


「便利なんてもんじゃないよ。レベル2になれるのは長年すごく努力した人だけなんだから」


「え、そうなの?」


「そうだよ。主任のミトンさんはレベル2になったら独り立ちするんだって」

 セネカは変な汗をかいてきた。


「ちょっと待って。トルガさんのお店でレベルアップしている人って何人くらい?」


「トルガさん、トゥニカさん、パルラさんの三人だよ」


 店長、副店長、若手のエースである。みんな十年以上は裁縫をしていそうだ。

 

「エミリーはレベル2を目指しているの?」


「もちろんそうだよ! パルラさんみたいに早くレベル2になれたら王都から誘いがかかるかもしれないって! すごいよねぇ」


「レベル2になるのって大変なんだね?」


「そうだね。冒険者と比べるとやっぱり上がりにくいみたいでね」


「な、なーんだ。そうなんだね」

 

 冒険者は事情が違うと聞いて、一転、セネカはルンルンしだした。


「危険を乗り越えて格上の敵を倒すと上がることがあるんだって」


「すごいね!」


「レベル2に上がったらどんなスキルでも銅級に上がれるんだってよ。それぐらい強くなるみたい。でも反対にレベル2で金級になった人もいるみたいだよ」


「へ、へぇー」

 やっぱり冒険者でもそう簡単なことではないらしい。


「そういう人たちはすごく強力なスキルだったのかな?」

 ルキウスのことが頭に浮かんだが話がややこしくなると思ったので、セネカは言葉を飲み込んだ。


「ねぇ、エミリー、レベルって結局どうしたら上がるの? 【裁縫】だったら服をたくさん作って、例えば【剣術】だったら強い敵をたくさん倒せば良いんだよね?」


「スキルにはそれぞれ熟練度っていうのがあって、それを貯めていくと良いみたい。【裁縫】も出来るだけ難しい服を作った方が熟練度は上がりやすいって言われているよ」


「じゃあ戦闘系なら強い敵だとそのジュクレンドが上がりやすいのね」


「そうみたい」


 世の中では『上位の熟練度を稼ぐ』と言われている行為である。


 セネカは、戦闘系スキルで言うと革は強い敵に相当するのかもしれないと頭を巡らせ、どうやったらより効率的に熟練度を貯められるようになるか考えるのだった。





 魔力の針と糸の性質を丹念に確認したあと、セネカは魔物の討伐に出かけることにした。


 針は長さや形を変えることができそうだった。状況に応じて使い分けられたら良い。

 貫通力と強度はかなり高い。魔力を操作して針に集めれば、木でも縫うことができるだろう。

 だが、思うように針を通せる時とそうでない時があったので、その違いを見出したいとセネカは思っている。


 また、レベルが上がった影響か、魔力の操作も格段に上手くなっていた。


 糸は太さや性質を変えられるようだった。

 わずかだが伸びたり、縮めたりできたので応用が効きそうである。


 針も糸も放置しておくと半日ぐらいで消失してしまった。

 また、セネカが『解除』と念じれば即座に消えてなくなるようだった。

 

 使い道はまだ分からないが、ひとまずは実際に魔物を縫ってみるのが良いかもしれない。

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