第7話:レベルアップ
セネカは考えた。
一旦全てを忘れて考えた。
スキルのことではなく、自分のことを考えた。
ヒントは自分の中にある気がしたからだ。
「自分はどんな人間だろう?」
「どんな冒険者になれるだろう?」
そうやって自分に問いかけ続けた。
◆
セネカはまず自分の剣術のことを考えた。
セネカは剣士として同い年の中で抜きん出ている。
ルキウスには敵わなかったが、それ以外の子供に負ける気はしなかった。
セネカの剣術は敏捷と技量が要だ。
軽い身のこなしと間合いの管理、剣の振り、受け流しなどの要素が噛み合って相手を翻弄する。
その戦い方を幼い頃から続けている。
セネカの父は大剣使いで、間合いの制御が巧みだった。
父の本気の戦いを何度か見たことがあったが、なぜ父があんなに強いのかセネカには理解できなかった。
父が魔物に斬りかかると、敵はそれを受け入れるかのように無抵抗になるのだ。
魔物は微動だにせず、居着いていた。
セネカは父の真似をしようと、森の小動物でひたすら練習した。
しかし、うまくはいかなかった。
どうすれば良いのかも分からなかった。
父に相談すると、ニカっと笑って教えてくれた。
「セネカ、相手の呼吸を読むんだ。息を吐き切ったあと、生物は必ず息を吸う。その時には意識が途切れるんだ」
セネカは目を輝かせて聞いたことを覚えている。
「次に相手の視野を読むんだ。全体から部分、部分から全体へと相手の意識が切り替わる時に踏み出せば、相手は距離を読めなくなる」
セネカにはよく分からなかったが、父と剣を交えるといつのまにか剣が目の前に迫ってくることがあった。
これを体得出来れば父のように強くなれると必死で練習した。けれど、教えが半ばのうちに父はいなくなってしまった。
父には及ばないし、敏捷偏重ではあるけれど、自分は父の流れを汲んでいると気づいて、セネカは心強く思った。
もしセネカが将来冒険者として名を馳せるとしたら、父のように相手の意識の隙間を
そのことを改めて確認できた。
しかし、それが分かったからといって今の状況を脱することにつながるとは思えず、縫うことと剣技を両立させようにも良い考えは思い浮かばなかった。
◆
次にセネカは自分の魔力のことを考えた。
セネカは魔力保有量が異常に多い。
氷の魔法使いだった母もかなり多かったようだが、セネカはさらに群を抜いて多いと聞いている。
この膨大な魔力をうまく使えるようになることが、やはり大事なのではないだろうかとセネカは考えた。
セネカは母に教えを請うて、魔力の使い方を何度も覚えようとした。
孤児院に行くことになってからも自力で魔法を使えるようにと訓練を重ねた。
その結果、数個の火花を出す程度ではあるものの、火の魔法を使えるようになったのだ。
訓練の過程でセネカは魔力の制御法を体得した。
それは拙いものだったが、魔法のスキルを持たない人間としては恐るべき能力だった。
魔力量が大きかったので知覚が容易で、練習が捗ったのだ。
セネカは魔力を使ってなんとか革を貫けるようにならないかと考えた。
効果のほどは分からないが、針に魔力を通わせて貫くのが良いとセネカは直感した。
思いついたら即行動である。
セネカはひたすらに魔力を移動させる練習を開始した。
始めはどんなに頑張っても自分の指から魔力が出ることはなかった。だが全身の魔力を振り絞るイメージで動かすと、薄皮一枚ほどのわずかな距離だったが針に魔力が移動した。
セネカは跳び上がって喜んだ。
どうせすぐにキトには見つかるので、真っ先に相談した。
そしたらキトは一緒になって跳び上がって喜んでくれた。
キトは無理をしてほしくないだけで、セネカには夢を叶えてほしいのだ。
◆
魔力操作に狙いを定めてから、セネカの様子は格段に落ち着いた。
集中して作業を行うことで、微小ではあるが日々進歩が見られるようになった。
セネカはキト達と相談して孤児院に戻ることにした。
キトの家から孤児院への道中、セネカは自分を省みて、なぜ気持ちがこんなに落ち着いているのか分析を始めた。
その結果、セネカはスキル【縫う】が嫌だったのではなく、両親のスキルを継げなかったのが嫌だったと気づいた。
両親の存在がスキルとして自分の身に遺ることを無意識のうちに期待していたのだ。
だが、しっかり考えてみると父の剣はセネカの身に宿っていた。
母に教えてもらった魔力操作技術を応用すれば【縫う】ことができるかもしれないと考えついた。
スキルがなくともセネカは二人の力を受け継いでいたのだ。
いつのまにかセネカは涙を流していた。
いまは母から貰った魔力を活かして、【縫う】ことに力を注ぐ。
それがひと段落したら、今度は父の剣を磨こう。
セネカはそう決心した。
改めて一歩を踏み出した時、突然ある記憶が蘇った。
『ねぇ、お父さんのスキルって何? やっぱり【剣術】とか【大剣術】なの?』
『うーん、違うよ。大したスキルじゃないんだけど、いまはまだ内緒にしておくことにしよう。そのほうがセネカも修行に身が入るだろうしね。セネカが十歳になってスキルを得たら教えてあげるよ』
『えー。それまで待たなきゃいけないの? もっと早く教えてよ!』
『じゃあ、セネカが一生懸命がんばって俺から一本取れるようになったら教えてあげるっていうのはどうだ?』
『分かった! 私、あっという間に父さんからいっぽん取っちゃうからね!』
これはルキウスと出会う前、セネカが一人で森にこもっている時代のことだった。
そのあとルキウスと出会って父のスキルを聞かれた時、知らないことが恥ずかしくて【大剣術】と伝えた。
いろんな人に父のスキルは【大剣術】だと言っているうちに、こんな約束をしていたことも忘れてしまったのだ。
セネカは孤児院の前で立ち尽くした。
「だとしたら、父さんのスキルって一体なんだったの?」
それを知る人間はもうこの世界にはいないようにセネカは感じた。
◆
セネカは気を取り直して孤児院での生活を再開した。
ノルト、ピケ、ミッツとは顔を合わせるが、軽く世間話をするだけで、戦いの話はしなかった。
けれど、三人が必死に訓練をしていることも知っていた。
週に一度の薬草の納品も忘れてはいない。
今回は月見草という痺れに効く薬草の採取も依頼されたので、しっかり採ってきた。
かなり状態が良いとユリアに褒められたのでセネカは喜んだ。
今後は質の良い薬をつくるための希少な素材などをセネカに依頼することになった。
◆
セネカは相変わらず針に魔力を通わせようと必死だった。
小指の爪の先ほどではあるが、魔力を移すことができている。しかし、針の先までは行かなかった。
セネカは焦れてきた。
着実に熟練してきてはいるものの、この方向に進んで正しいのかわからない。
多少強引でも良いから、自分の考えが合っているのかを知りたくなってきた。
そこで、まずは薄い革を縫えるか試してみることにした。
普段より針を短く持てば、針先まで魔力が通るようになると気づいたのだ。だがそれでも距離は短いので貫通できるのは薄い革だけである。
息巻いてやってみたものの、普通に針を刺しただけでは穴を開けることができなかった。
何度試してみても、針が革を貫通することはなく、針が何本もダメになった。
良いことを思いついたと思っていたが、そうでもなかったようだ。
もしかしたら魔力を使ったところで革を縫えるようにはならないのかもしれない。
セネカは諦めて別のやり方を試そうかと考えた。
だが、どうせならやれるだけのことをやってから終わりにしようと思ったので、一度、全てを針に懸けることにした。
大きく息を吸って、そして吐いた後、セネカは全神経を集中させた。
できる限りの魔力を指先に集め、自分の全てを針に移動させるつもりで動かす。
すると針先まで魔力が行き渡った。膨大な魔力が針先から
「とがれー、とがれー」
頭の中で、針が最高に尖り、限界まで強固になったことを思い描く。
そして革に刺した。
ぷつっ!
弾けるような音と共に針が革に突き刺さり、貫通した!
「やった!!」
セネカは針をそのまま進めて、糸を通した。
魔力操作にはかなり神経を使うし、多くの魔力を消費しているように思う。
セネカはフラフラだった。
だが、セネカはもう一針分だけ糸を通したかった。縫うと言うからには一度くらい戻したい。
再び神経を集中させて魔力を集める。
一度可能だと分かったからか、さっきよりはスムーズに操作が行える。
意を決して、もう一度針を革に突き立てた。
ぷつっ!
先ほどと同じように針は革を貫通した。
そして、糸をしっかりと通す。
「やった!!」
セネカが大きな声で喜んだ瞬間、心臓が強く脈動した。
頭の中が真っ白になる。
【レベル2に上昇しました。[魔力で縫う]を覚えました。干渉力が大幅に上昇しました。サブスキル[魔力針]を獲得しました】
スキルを獲得した時と同じ声が頭に響いた。
セネカは不思議に思ったが、そのまま身体の制御を失い、大きな音を立てて床に倒れ込んだ。
----------
ここまでの物語はいかがでしたでしょうか?
第一章:スキル獲得編は終了です。
次話から第二章が始まります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます