第9話:いたいけな少女の暗黒魔術
セネカはコボルトを狩ることにした。
コボルトは常に増え続けているので常設依頼になっている。
青銅級冒険者といえばコボルト狩りである。
行き慣れた森で行動できるのでソロのセネカに合っている。
街の門を出る時に止められそうになったが、門番はセネカだと気づいて通してくれた。
十歳の女の子が一人で森に行こうとするのは、普通であれば止めなければならないがセネカの実力は知られているので放任されている。
とことこ歩いて森に着いた。
セネカの今の腕だと、コボルト数匹なら問題なく対処できる。
だが、それ以上になると手が足りなくなるので、出来れば孤立している個体を瞬時に仕留めたい。
野生児は気配を消して歩き始めた。
痕跡を辿りながらセネカは二匹のコボルトを見つけた。
コボルトたちは何やら食べ物を拾っているようだ。
セネカは少し離れたところで葉の多い木に登り、姿を隠した。
コボルトの様子をしっかり伺いながら道中で拾った小石を取り出す。
コボルトたちに気づかれないように反対側に小石を投げ、二匹の警戒を煽る。
リズミカルに数個の石を投げると、コボルトがセネカの方に移動してきた。
この投げ方をすると動物が歩いてきたように聞こえて、知能の低い魔物たちは反対に逃げるのだ。
コボルトは小石が落ちた方を気にしているので隙だらけだ。
セネカは飛び降りながら刀を振って、手前にいたコボルトの首を刎ねた。
すぐにもう一匹の裏に回って剣を振ると、こちらも首が落ちた。
コボルトは正面から戦えば手強いが、慣れてしまえば型にはめられることが多い。
セネカは魔力を使って針と糸を作り出した。
そして、コボルトの首を拾って口をしっかりと縫い始めた。
コボルトの噛みつき攻撃は厄介なので、どうにかできないかと考えたのだ。
遠くから見ると少女が暗黒魔術の準備をしているようでもあった。
少量の魔力でもコボルトの口は簡単に縫えた。
だが、流石に戦闘中に縫うのは厳しそうだ。
やっていくうちに何か思いつくかもしれないと考えてセネカはさまざまなところを縫ってみた。
脚と胴体を強く縫えば行動を阻害できるだろう。鼻も閉じてしまえば呼吸出来なくなるだろう。
アイデアは浮かんでくる。
だが、どう考えても時間が足りない。
もっと早く縫えるようになるしかないとセネカは思った。
となれば、話は単純になってくる。
とにかく熟練度とやらを稼いで自分を成長させるのだ。
朧げだが道が見えてきたようにセネカは思った。
足止めでも撹乱でも良い。自分のスキルを活かすのだ。
そう心に決めた。
セネカは解体用のナイフを取り出して皮を剥いだ。持ち帰って練習に使う。
魔力針を使って魔物を縫うことに慣れたかったのだ。
討伐認定のためにギルドに提出する牙は追って回収したので、コボルトの肉を簡単に埋めて、セネカは帰路についた。
◆
ギルドに行くと受付にトゥリアがいた。
セネカとルキウスはこの街に越してきた時から狩りを始めた。
余った素材や討伐証明の扱いに困ったのでギルドに売ることになった。
その時の担当がトゥリアである。
始めは幼い子供が魔物を倒すなんてトゥリアには信じられなかったが、二人は着実に仕事をこなした。
しかも、並の冒険者よりも丁寧に処理された素材たちは方々の職人から人気だった。
セネカはトゥリアのところに駆け寄った。
「トゥリアさーん」
「セネカちゃん! 聞いたわよ! 大変だったのね」
「ルキウスのこと?」
「そうよ! それに担当の私のところにセネカちゃんのスキルのことも伝えられたの」
「そうなの。私、剣術でも魔法でもないスキルを授かったの」
トゥリアは眉をひそめた。ちなみにトゥリアの困り顔は愛くるしいので男性陣に人気である。
「いまは一人で活動しているって聞いたけれど大丈夫?」
「なんとか」
「森の浅いところだったら良いけれど、深いところに入っちゃダメよ。ソロは勝手が違うんだから」
「はーい」
セネカは片手をあげて大きく返事をした。
周りの受付嬢はその様子を見て静かに微笑んだ。
「今度時間のある時にゆっくりお話聞かせてね。ルキウスくんのことも」
「うん。これ、今日の討伐証明ね」
セネカはコボルトの牙を四本渡した。
トゥリアは受け取って換金処理をしてくれた。
用事が終わって帰る前、セネカは思い詰めたような表情を浮かべてからトゥリアに言った。
「トゥリアさん、私ね、このスキルでも冒険者になるって決めたから! だから、これからもよろしくね」
「うん! セネカちゃんの活躍を楽しみにしているわよ!」
トゥリアは満面の笑みでそう言った。
「ありがとう! またね。トゥリアさん」
「またね」
セネカはギルドを後にした。
その背を見ながら、助けになってあげようとトゥリアは決心した。
◆
それから、セネカは毎朝森に行ってコボルトを何体か倒し続けた。
森の奥には入らずに討伐し、コボルトの亡骸を使って【縫う】の活用法を試し続けた。
コボルト狩りは大抵午前中に終わったので、薬草を採取してユリアに渡したり、他の弱い魔物や獣を狩ったりしてギルドと孤児院に持っていった。
コボルト数匹というのは成果としては大きくないが、それを毎日安定して狩れる青銅級冒険者はいない。
ギルドで様子を見ていた一部の者にセネカは一目置かれるようになったが、トゥリアはセネカのことを喧伝しないように周囲の人に頼んでいた。
◆◆◆
近頃、バエティカの冒険者達は奇妙な噂を聞くようになった。
それは銀髪の呪術師の噂だ。
その呪術師はコボルトの首を抱えて口や
話に尾鰭がついてきて、見た目は少女のように見えるが実は四百歳であるとか荒唐無稽な話になっていた。
呪術師はコボルトを縫いながらとても楽しいことをしているかのように笑っているらしい。
気味が悪いという声がなかったわけではない。しかし、実際にその光景を目にした者たちは口を揃えて、神秘的だと言った。
「絶世の美少女が首を抱えて糸を紡ぐ様子は神秘的でどこか艶やかだった」
そう表現する奇特な男もいた。
段々と大袈裟になって、コボルトの怨霊を召喚して街を壊滅させようとしているとか、国家転覆を企んでいるとか、そんな話にまで発展することになった。
トゥリアの耳に噂が入ってきたのもその辺りだ。
トゥリアは、セネカの髪が陽に当たると銀色に輝くことをよく知っていたので、セネカが来るのを待っていた。
セネカはいつものように魔物の討伐を終えて、ギルドでその日の成果を得ようとしていた。
しかし、入るなりトゥリアに呼ばれて個室に連れて行かれた。
セネカは何事かは分からなかったけれど、きっと怒られるのだろうと察して大人しくすることにした。
トゥリアは事情を聞いた。
その結果、コボルトの亡骸を使っている呪術師とは間違いなくセネカのことだろうと判断して、事の次第をセネカにも伝えた。
セネカは自分の行動がそう見えるとは思いもしなかったので、話を聞いて血の気が引いた。
今こそ青白い顔で、黒魔術でも使いそうに見えるかもしれない。
トゥリアはどうしようかと考えたが、呪術師の正体がセネカだとはまだバレていないと思っていたので、とにかく止めさせることが先決だと判断した。
目撃者はほとんどが新人なので、ソロで午前中しか活動していないセネカとは面識がないのだ。
それにどうやらセネカは俯きながら作業していたようなので、まだ誤魔化せるかもしれない。
トゥリアは念のため髪型を変えるように言いつけて、様子を見守るようにした。
セネカは肩まである髪をそのまま垂らしていたが、後ろで縛ることにした。
適当な糸がたくさんあるので
念の為、装備や装備や服もできる限り見た目を変えることになった。
その後、森での呪術師の目撃例はパタリとなくなった。
かわりに違う女の子が魔物の腹を縫い合わせて縫合する様子が見受けられるようになったのだが、それはまた別のおはなしだ。
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