第24話:抗議と来訪

 ひと月の間、セネカとマイオルは何度もギルドに足を運び、トゥリアに話を聞いた。


 始めの方は通知がただ遅れているだけだとトゥリアも言っていたが、二週間を超えたあたりから、さすがにおかしいと言うようになった。


 バエティカ支部としては、二人の実力に何の懸念もなかった。レベルが上がっていなくても銅級になれるほどの実力があったので、レベルアップによる昇級は単に工程を省いただけだと考えていたのだ。


 二人の主な活動についての報告が本部に送られているので、目を通せば問題ないことが分かるだろうとバエティカでは考えていた。

 しかし、二人の経歴に奇妙な点が二つあるかもしれないという話が最近になって出てきた。


 一つはマイオルの急激な成長。もう一つはセネカのスキルだ。


 マイオルは一年ほど低空飛行を続けていた。それなのにセネカと関わった瞬間から突然難度の高い依頼をこなし、レベルまで上がっている。あり得ないことではないが、若干の議論を呼んでもおかしくはない。


 状況を悪化させるのは、そのセネカの能力である。

 【縫う】という能力は冒険に役立ちそうなスキルではない。この歳でレベルアップしたところで、裁縫の天才であっても冒険者としての実力はわからない。

 訝しく思う者がいても不思議ではない。


 そんな二人組が一緒に申請をしてきているので、長引いているかもしれないとトゥリアは考えるようになっていた。





 二人とも依頼に集中できる状態ではなくなったので、状況が落ち着くまでは勉強をすることにした。


 ギルドには資料室があって、学校の勉強にも適している。連絡を待ちながら二人は籠った。


 ギルドには動物や魔物、植物に関する資料がたくさんあるが、初歩的な歴史や算術の本も存在する。これらのことが分からないと損をすることが増えて来るので、中堅になってから学ぼうとする冒険者は意外と多い。

 しかし、厳つい男どもが図書館に行くと目立つので、ギルドでお勉強をすることになるのだ。


 セネカは両親から手解きを受けていたので読み書きに計算まで出来る。

 しかし、歴史はからっきしだし、地図はうまく読めない。

 今後のことを考えると習得しておきたいことはたくさんあるので、マイオルは張り切ってセネカに知識を叩き込むことにした。


 ちなみに銀級冒険者ともなると貴族と会う機会が増えて来るので、セネカは両親から最低限のマナーを伝えられていた。

 性格もあるのだろうが、セネカは綺麗にご飯を食べるし、孤児院出身に思えぬほど品がある。

 粗野な部分と品のある部分が混ざってセネカは不思議な魅力をみせるように育ってきている。





 さらに二週間経った。


 相変わらず二人はギルドに通って勉学に励んでいる。


 バエティカ支部として本部に何度も催促をしており、遅い態度決定に対する抗議も行っているとトゥリアは言っていた。


 そんな中、ある男がギルドに訪れた。


「俺はアッタロスという者だ。ギルドの本部から調査員として派遣された。この支部の冒険者に対して要請がある。支部長はいるだろうか」


 対応したのはトゥリアだった。

 男は王都本部の印が入った正式な書状を持っていたので、トゥリアは即座に支部長に連絡を行った。





 その日の夕方、セネカとマイオルはトゥリアに突然呼ばれて、ギルドの個室に案内された。


 そこにはすらっとした男が立っていた。

 朗らかな表情をしていて軽い印象を受けたが、よく見ると立ち姿には芯が通っており、筋肉が凝縮されている。隙も全くない。


 男は部屋に入ってくる二人を鋭い目で見て言った。


「お前らが『月下の誓い』の二人か。俺はアッタロスという。冒険者ギルドの王国本部と王立冒険者学校からの要請を受けて、お前らの調査に来た。どっちがセネカだ?」


「私です」


 そう言いながらセネカは男の観察を続けた。


「そうか。お前がセネカで、そっちがマイオルか。二人ともなかなかの度胸だな。得体の知れない男を前にして探る気概を持っている」


 男からグンと圧力が放たれ、二人は汗をかき始めた。

 マイオルはスキルを発動しようとしたが、セネカに目で制された。


「はっはっはっ! そっちの嬢ちゃんのが分かっているな。戦闘の気配を感じたら俺は動くぞ? この局面では安易に事を起こさない方が良い。それが【探知】のようなスキルであってもな」


 そう言うと始めの威圧感がふっと消え、男は朗らかな空気になった。


「試して悪かったな! けど、分かった。俺の威圧を受け止める奴らが不正を行っている訳ないな。お前らの調査を頼まれて来てみたが、実力に対する懸念はなくなった」


 二人の顔がぱあっと明るくなる。

 特にマイオルは喜びで飛び上がりそうですらある。


「しかし、実績が必要なことも理解してくれ。お前ら二人、特にセネカの実力を疑う声は強いんだ」


 一転、二人は気持ちを落ち着けた。


「あっはっは! お前ら分かりやすいな。冒険者らしくて俺は好感を持つが、時には相手に感情を読み取らせないことも必要だ」


「アッタロス様、冗談が過ぎますわ」


 ずっと黙っていたトゥリアが嗜める。


「まぁ良いじゃねえか。少しはこういうやりとりに慣れないと冒険者学校ではやっていけないぜ?」


 アッタロスは立ち上がって続けた。


「これからお前らは俺と模擬戦をしてもらう。改めて実力を見て足るようだったら、俺が受けた調査依頼を一緒に受けてもらうことになるだろう。その時の働きに問題がなければ晴れて銅級だ。同時に王立冒険者学校の特待生への切符を手に入れることにもなる」


「分かりました」


 マイオルが言ったのでセネカも頷いて、アッタロスを真っ直ぐ見つめた。


「はっはっは! 良い目だな。気負う必要はない。お前らはそのままの力を見せれば良いだけだからな」


 アッタロスは剣をしっかりと握りながら、部屋を出て行った。





 四人は模擬戦場にやってきた。

 中途半端な時間なので誰もおらず都合が良かった。


 アッタロスは模擬戦場の真ん中に立って言う。


「二人がかりで構わん。準備ができたらいつでもかかって――」


 セネカが爆発的に魔力を高め、アッタロスの脚目掛けて[魔力針]を撃った。

 同時にマイオルは【探知】を発動する。


 アッタロスは拳に魔力を集めて魔力針を殴った。魔力針は砕け散った。


「――面白い!」


 セネカはすでにアッタロスに飛びかかっている。お尻から魔力の糸が出ているが、マイオルからしか見えていない。


 セネカは刀をアッタロスの脚に突き刺し、縫ってやろうと突進した。

 初対面の人に全力を向けることに躊躇いがなかったわけではないが、そこまでしても刃が届かないように感じていた。


 案の定、アッタロスは凄まじい速さで身を翻し、セネカの背後に回った。


 アッタロスが攻撃しようとした時、マイオルの方から矢が飛んできた。

 そちらの方に一瞬だけ意識を向けた時、セネカの突進の軌道が大きく変わって、再びアッタロスの方に向かってきた。


「ちっ!」


 アッタロスは剣を抜いて、マイオルの矢を打ち払い、セネカの攻撃を紙一重で避けながら、すれ違いざまに腹を蹴って吹き飛ばした。


「ぎゃっ!」


 セネカは空中でくるんと回って安全に着地した。


 アッタロスは後詰めのために剣で迫っていたマイオルに瞬時に近づき、手首を剣の腹で強打し、武器を落とさせた。


 手加減は不要だと感じたセネカは全力で魔力を集中させた。そしてギリギリの間合いで再度【縫う】を発動させた。


 ドン!


 セネカの踏み出しと共に大きな音が鳴り、闘技場に響く。


「なんちゅう魔力だ」


 マイオルはその時、全力でスキルを発動していた。

 目にも止まらぬ速さでアッタロスの脚に魔力が凝縮されていくのが分かる。


 アッタロスはセネカの方に向かって跳んだ。


 次の瞬間、セネカは床に倒されて首に剣を突きつけられており、マイオルの足元には投げナイフが突き刺さっていた。


 セネカもマイオルも訳がわからぬまま、アッタロスに負けた。





 模擬戦が終わった。


 トゥリアはアッタロスに「やり過ぎです」と小言を言った後でギルドの治療師を呼びに行った。

 セネカの肋骨は折れており、マイオルの手首も赤く腫れ上がっている。


 トゥリアがいなくなってから深く息をついたアッタロスは口を開いた。


「二人とも合格だ。いや合格なんてもんじゃない。強化度の高いあばれ猿の変種を二人で倒したという記録を見た時には運が良かったのだと思ったが、どうやら実力だったようだな」


 アッタロスは話すうちに笑いが込み上げてきたのか、また「あっはっは」と笑った。


「お前らは既に銅級でも中堅どころのパーティに匹敵する能力があるな。セネカの戦闘力とマイオルの戦況判断能力が噛み合って面白い組になっている」


 アッタロスに釣られてセネカも笑おうとしたが、肋骨が痛んだのでうまく笑えなかった。


「お前らは特待生に相応しい。今回の依頼をうまく達成できたら俺の方からよく報告しておこう」


 アッタロスの話を聞きながらも、セネカとマイオルの心の中は敗北感でいっぱいだった。

 全く歯が立たなかったし、アッタロスがスキルを使った気配もなかった。

 単純な戦闘力で圧倒されたのだ。


「はっはっはっ! なんだお前ら悔しいのか。良いねぇ。俺に負けて悔しがるのが銅級のひよっこ共とは小気味良いじゃないか。お前らはもっと強くなるな」


 アッタロスはそう言うなり近づいてきて、セネカとマイオルの頭を強く撫で、髪の毛をぐしゃぐしゃにした。


 二人とも正直嫌だったが、なんだか許せてしまう大きさがアッタロスにはあった。





 トゥリアはギルドの治療師を連れてきたが、後ろにはナエウスがついてきていた。


 セネカが怪我をしたと聞いて憤怒の気持ちでやってきたのだ。

 ナエウスは珍しく厳しい顔をしている。


 ナエウスが闘技場に入ると、胸を抑えながら苦しそうにしているセネカがいた。

 何度もアッタロスに釣られて笑い声をあげそうになっているのが原因で苦しいのだが、ナエウスにはそれは分からなかった。


 ナエウスの腹にふっと怒りが湧いてきた。

 下手人はどこのどいつだと睨みを利かせようとした時、聞き覚えのある声が通ってきた。


「お! ひよっこナエウスじゃねえか! 元気にしていたか?」


 声の主を見ると、そこにはアッタロスが立っていた。


「し、師匠⋯⋯!」


 アッタロスはまた朗らかに笑った後、ナエウスの肩をバンバンと叩いて、弟子との再会を喜んだ。

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